10日 10月 2021
江戸時代に貝原益軒と言う人が「養生訓」という健康法を綴った書物を世に出しました。その中に「医は仁術なり。仁愛の心を本とし人を救うを以て志とすべし。わが身の利養を専ら志すべからず。・・・」(医療というものは人を救う博愛の道であり、自分の利得などに走ってはならない。)と医に携わる人の心構えを説いた文章があります。三船敏郎と加山雄三が主演した”赤ひげ”は、江戸時代の小石川療養所が舞台で、裕福な大名や商家から大金を取り、それを貧しい人たちの診療費に充てながら、それぞれの人たちと真剣に向き合う医者を描いたものでした。また、コロナ禍の中、必死で戦っている医療関係者の方々などは、まさしく”医は仁術”を実践している素晴らしい人たちであると尊敬しています。そんな国中がコロナに対して懸命に戦っている中、それとは全く逆に自分さえ良ければ、と言ういくつかの全くけしからん事が明るみに出てきました。例えば、東京都医師会の尾崎会長は、至急野戦病院を作り、患者の受け入れをせよ、と声高に言ってますが、自分の病院では全くコロナ患者を受け入れていないし、東京都医師会の幹部らの病院では、一杯で受け入れられないと言いながら、56%は空床という事が分かりました。それだけではなく、1病床準備するだけで最大1950万円もの補助金を国から受け取っていて、しかも、空床でも1床につき一日7万円の補助金を受け取っている。さらにひどいのは、政府分科会の尾身会長(写真)が理事長を務める”地域医療推進機構(JCHO:全国に57の病院と26の介護施設などを持つ独立行政法人)では、8月末のピーク時においても3~5割は空床であった。(AERAdotによる。)そんな空床が多い状態でありながら、国からの補助金はコロナ関係だけで年230億円もの高額にのぼり、その使途の6割くらいは有価証券の購入に充てている。では、一番苦労している現場の人たちの給料(人件費)はいったいどれだけ増えたかと言うと、185億円から187億円にたった1%、2億円しか増えていません。そもそもこれだけ多額の補助金が必要だったのか?また必要であれば、なぜ現場の人たちには、その補助金が届かないのか? 今この実態を見ると、国民の税金から出た補助金は、百数十億円の有価証券に変わり、自分たちの利益として医療機関内に単に貯めこんでいるだけと取られても仕方ありません。これを見ると、尾身会長が「緊急事態宣言の解除は慎重に」と言う発言も、結局は国からの補助金を長く出させるため、「野戦病院を作る。」という話も自分たちの病院で受け入れないので新しく作れ、と言っているだけのように聞こえます。これは尾身会長や東京都医師会の尾崎会長が悪いというより、こんな穴だらけの補助金制度を作った厚労省にも問題があるし、それを平気でそのままにしている役人、地方自治体にも大きな責任があると思います。補助金を出すのはもちろん良いことですが、補助金をもらったら、少なくともその分は”本当にコロナのために使い、できるだけ多くの患者を受け入れる。そして補助金の中からできるだけ多くを現場の”人”のために使う。また、ようやく国もこれから不正がないか地方自治体とチェックをして行くと発表していましたが、有価証券などを買ってウハウハ言ってる輩からは罰金として出した補助金の倍返しを課してもいいのではないでしょうか。医は仁術なり、決して算術となってはいけません。医療界の一部の偉い方々には、ぜひノブレス・オブリージュ(2020年10月29日ブログNo.97参照)の精神を思い出して医の力を世のため人のために発揮してもらいたいと望みます。 (あとがき) 緊急事態宣言が明けて、完全に元の生活に戻りました。家での缶ビールももちろん美味しいですが、居酒屋に行って最初に頼む生ビールは、やはり格別ですね。座ったら間髪入れずに「とりあえずビール!」日本をよく知らない外国の人が、日本では「TORIAEZU」と言うブランドのビールが圧倒的に強いらしい、なぜなら、どこの店に行ってもみんなが「トリアエズビールと叫んでいる。」と感心しているらしいです。 では、次回は10月20日に更新予定です。

30日 9月 2021
もう37年前になるでしょうか、29歳でニッセンの取締役本部長になった時、一番悩んだのが、「部門長として何をすべきか?」(リーダーとして部門をどのように運営したらよいのか、部下をどう扱えばよいのか?)という事でした。功成り名を遂げた人たちの本を何冊か読みましたが、はっきり言ってどれもピンと来ず、悶々としていた時に出会ったのが「3Mにおけるリーダーの条件」という6か条の指標でした。それはアメリカの3M社が自社のリーダーに対して、こうあるべきと言うことをわかりやすくまとめたものでした。その最初に出てくるのが、「指針を示せ!(Chart the course)」です。つまり、リーダーとして最初にやるべきは、部門を一つの方向に向かせ、ベクトルを一致させることが重要である。みんながバラバラに好き勝手なことをやっていれば、非効率な仕事や足を引っ張りあうような事態にもなり、力を結集することができません。また、将来のビジョンがないと自分たちはどうなるのだろうと不安が先行し、何か辛いことがあれば、我慢できないものですが、ワクワクするような将来ビジョンが示せていれば、現状の不遇も何としてでも我慢ができます。さて、日本の新しいリーダーが決まりました。(正式には自民党のトップが決まっただけですが、総理大臣は特別なことが無い限り決定です。)総裁候補の4人が政策論争をしていましたが、もちろん身近なコロナ対策等も大事ではあります。しかしながら、リーダーに決まったからには、国民がワクワクするような未来を示してほしいものです。世界の中で尊敬される日本とは?日本人の幸せ実現とは?そのために、これとこれをいつまでにする。仮にそのことが一時的に国民に負担を強いる事であっても希望ある未来のためであれば、堂々と示してもらいたい。絶対に選挙のために短絡なポピュリズム(大衆迎合主義)に傾かないようにしてもらいたい。その典型は、立憲民主党の枝野代表が「消費税を5%に、また年収1000万以下の人の所得税を免除、その財源は法人税を上げ、富裕層から徴収」などと言ってることです。富裕層からの徴収は一時的ならよいでしょう。しかし、消費税分だけでも10%を5%にすれば、10兆円必要です。法人税が11兆円ですから倍くらいにしないと合いません。さらに所得税分をとなると、一体法人税を何倍にするつもりでしょうか? ただでさえ、日本企業の凋落はひどいもので、もっと投資をして活力を取り戻さねばならない時期なのに法人税にとられてしまうと一挙に日本企業の競争力を弱め、終いには良い企業は海外に避難、活力を無くした企業は縮小や倒産、そうなれば国民生活はどん底です。今、南米のペルーやブラジルなどで起こっていることは、政治家が選挙で勝つために現金をばらまき、その分を企業から取るという枝野氏の策と同じことをやった結果どうなっているかと言うと、企業の力が弱り経済が低迷し、結果的に国民生活はさらに悪化するという悪循環に陥っているそうです。そんなポピュリズムに対し、1961年にアメリカでJFケネディが大統領になった時に行った有名な演説では、「世界に自由をもたらすためには、どんな犠牲も払う覚悟である。しかし、その解決手段はソ連などとの戦争のみではなく、逆にソ連などの東側諸国と連携して、今世界で人類が苦しんでいる共通の敵、すなわち圧政、貧困、疾病、戦争等と闘う。」ことを呼びかけ、さらにここからが有名ですが、米国民に「あなたの国があなたのために何ができるかを問うのではなく、あなたがあなたの国のために何ができるかを問うてほしい。」と述べています。我々日本国民も今自分だけが良ければいい、と言う発想ではいつまで経っても良い国はできません。新しいリーダーの新しいビジョンの元、私たち国民も一緒になって苦労し(例えば、本当に良い国を作るためなら消費税をさらに上げることも必要でしょう。)みんなでワクワクするような未来の日本を作っていく、岸田新総理誕生は、ぜひそんな第一歩にしてほしいものですね。 (あとがき) 岸田さんの年齢は64歳、私より2歳年下です。これから先の首相は、ほとんどが私より年下になることでしょう。普段は感じませんが、そんなことで何か自分が年取ったと感じてしまうのは、私だけでしょうか? 明日から10月、緊急事態宣言も解除され久しぶりにパーっと行けそうでワクワクしています。(まあ、そんなことを考えているうちは、年取らないようにも思いますね。)

20日 9月 2021
毎年、この季節になると「今年のノーベル賞は誰?そろそろ村上春樹は?」などとマスコミが話題にし、日本人が取ったら大騒ぎ、世界的な権威を授かったと恭しく(うやうやしく)崇め(あがめ)奉り(たてまつり)、12月10日の授賞式まで何かと世間をにぎわすことになります。しかし、ノーベルって何者?と考えると、ノーベル=ダイナマイトの発明者、ダイナマイト≒強力な武器、武器の強大化⇒戦争被害拡大、結果的に大量な戦死者を作り出した”死の発明家”、それを世界中に売り歩いた”死の商人”、そんな悪魔みたいな奴が亡くなる前に自分の罪滅ぼしのために財産を寄付して創設したのがノーベル賞ですから、手放しで喜ぶのは、何か微妙なな感じもします。そもそも「ダイナマイトの発明」と聞くとすごいなあと、ついつい思ってしまいますが、ダイナマイトとは、ニトログリセリンを珪藻土(日本の壁土や七輪の材料、最近では風呂マットの代わりに使っている。)と言う藻の化石からなる土に混ぜて安定させたものです。つまり、それまでニトログリセリンと言う爆発力の強い液体はすでに発明されていましたが、ショックを与えるとすぐ爆発し、液体なので持ち運びも困難で(ニトログリセリンを車で運ぶ映画「恐怖の報酬」で、その困難さが良く表れていました。)好きな時に好きな場所で爆発させることができないという欠点がありました。それを珪藻土に混ぜたのがノーベルです。そう考えるとニトログリセリンを発明した人の方がノーベルよりも偉いように思いますが、ニトロの発明者アスカニオ・ソブレロと言うイタリア人化学者のことは、ほとんどの人が知りません。何か釈然としませんね。それから、写真のアルフレッド・ノーベルのことを「死の商人」と言ったのは、ノーベルが死んだと言う誤報を信じたフランス紙が「死の商人死す。」と見出しに書いたことから、世界中でそのように言う人が増えたそうです。まあ、いろいろ言ってますが、何はともあれノーベル賞は今や世界的な賞ですし、受賞することの意味は単にその個人に対しての評価だけでなく国としての評価にもつながるものなので日本人が受賞したら単純にうれしい事ではあります。(今までの受賞者、日本は世界で第7位28人、中国8人、韓国1人・・・)また、死の商人と言われたノーベルですが、結局武器を発明した人が悪いのではなく、それをどう使うかが大事で、使う人(時の為政者)がしっかりしていたら悲劇は減らせたはずです。包丁で殺人があったら包丁を作った人、売った人が悪いのか、と言うのと同じになります。ノーベルは、ダイナマイトや無煙火薬を発明して各国に積極的に売りはしたが、それは武器を持つことで、国同士の戦争の抑止力になるはずだと信じていたようです。また武器としてのダイナマイトを考える前に、ダイナマイトの発明は産業の発展に大きく寄与している訳ですから、まあ、私も四の五の言わずに今年も10月4日から始まるノーベル賞の発表を楽しみに待つことにします。 今回はノーベル賞について書きましたが、その中でノーベル平和賞については毎回異論も出るようです。私も過去のノーベル賞受賞者を見ていて、何人かは?と感じる人もいます。その最たるものは、1973年に受賞したアメリカのキッシンジャー元国務長官ではないでしょうか?授賞理由はベトナム戦争をパリ協定により終結させたことですが、自分たちが始めて自分たちが続けられずに終わらせただけ、なのに何でや! 受賞を決めた責任者出てこい! と言いたくもなりますね。じゃあ、相手のベトナム側は、と言うとレ・ドゥク・トと言う人が交渉の相手だったので、キッシンジャーと同時に平和賞に決まりました。しかしながら、この人は「まだベトナムに平和は来ていない。」と言って、ノーベル平和賞を拒否しました。(過去にノーベル賞を拒否したのは、哲学者サルトルなど含め3人だけ)ノーベル賞を受けた人以上に素晴らしい態度のように思います。今なら「いいね!」が世界中から山ほど届いていることでしょう。 さて、次回は9月30日ころに更新します。コロナコロナと言ってる間に、もう秋が目の前です。そろそろ何とかしてほしいですね。

09日 9月 2021
昔、テレビで堺正章が孫悟空、夏目雅子が三蔵法師を演じた「西遊記」と言う番組がありました。その中でゴダイゴが歌った「ガンダーラ」と言う美しい曲がありますが、そのガンダーラ(紀元前6世紀から11世紀まで存続)はパキスタン北西部からアフガニスタンの首都カブール辺りまでもその領土とした帝国です。そのガンダーラの中心がペシャワール渓谷と呼ばれる地で、その名をとってアフガニスタンに大きな貢献をしたのが、このブログでも書きましたが、一昨年凶弾に倒れた中村哲さんが主宰したペシャワール会です。写真はタリバン政権に逆戻りした途端にその中村哲さんの壁画が消された壁です。2001年9月11日にアメリカで大規模テロがあり、その報復とテロを根絶するとの理由でアメリカはアフガニスタンのタリバン政権を倒し、20年間で200兆円を超える金額を使い秩序維持に努めてきました。ところが、撤退を決めた途端にタリバンが、いとも簡単に政権を奪取し、あっという間に20年前に戻ろうとしています。中村さんの顔が消された壁を見ているとタリバン政権時、ガンダーラ美術の歴史的遺物である巨大なバーミヤン摩崖仏が無残にも破壊されたことを思い出します。結局は20年前に戻るのか?もし戻れば、女性の地位や名誉ははく奪され、これまで実権を握っていた役人やアメリカなどの諸外国に協力してきた民間人は、迫害され虐殺されるかもしれません。そのような危機の中、諸外国の自国民及び協力していたアフガニスタン人の救出が進みました。8月15日のカブール陥落からアメリカの撤退期限である8月31日までには、欧米諸国は数千人から数万人規模で自国民だけでなく現地の協力者も国外に退避させました。一方、日本政府の対応は8月17日に大使館職員10数名のみイギリスの軍用機に乗せてもらいドバイに脱出。残った日本人数名とアフガニスタン人約500名はそのままです。その後、23日になってようやく自衛隊の輸送機派遣と26日から救出活動をするように決めましたが、あまりにも遅い決断です。さらに現地に着いてもアメリカ軍が制圧し安全を確保している条件下でしか活動ができないという法律の問題があり、空港で待機している間に空港までの道中が混乱し結果的には、1人の日本人のみ救出し500人の現地スタッフや協力者は置き去りにして帰ってしまいました。欧米以外でもアジアでは韓国なども25日には、自国民と協力スタッフ約400人の救出を済ませ26日に韓国に着いています。欧米諸国だけでなく世界中の国と比較しても日本の対応は、緊急事態の危機対応としては、あまりに遅い、しかも柔軟性が無い、世界に対して恥をさらしたとしか思えません。今後、外国での活動に「いざとなったら、さっさと現地の人を捨てて行く国」に誰が協力しようという気になるでしょうか? 邦人救出できたからよかった、などと国内のことばかり見ていると、日本が世界から取り残され、バカにされる国にならないか心配です。この件は、決して「遠い国の知らない出来事」ではないはずです。JICAの活動でアフガニスタンと深い関係がある友人の中原君(2021年6月12日No.119「朗報入る!」参照)に聞いたところ、自分の仕事を手伝ってもらって懇意にしていた現地の人は7~8人いるが、その内の一人は15年前にカナダの仕事を少ししたというだけで、カナダ政府に助けてもらって、すでに退避した、とのこと。また、カナダはさらに2万人に人道支援のビザを出すと発表しているそうである。ペシャワール会やJICAの活動など、素晴らしい活動で現地の人にも世界にも誇れることをしていながら、今回の政府の対応の生ぬるさは、残念で仕方ありません。自分たちで何が大事かを決められないダメな国になったという事でしょう。そんなことをメールでやり取りしていると、中原君が現地の動向と共に生前緒方貞子さんに聞いた言葉を教えてくれました。「日本がダメになって落ちていくときには、必ずこの国を立て直す人が現れる。それが日本と言う国です。」時まさに総裁選で次のリーダーを選ぶときに、候補者には是非この言葉を聞かせたいですね。世界の中の日本としてどのような役割を果たす覚悟があるのか? コロナや経済だけでなく、各候補者には堂々とこのことを主張して国を立て直してもらいたいですね。 追記、今回のガンダーラと言う歌の歌詞には、「そこに行けば、どんな夢もかなうというよ。・・・・愛の国ガンダーラ」とあります。まずは、アフガニスタンが緑あふれる平和な愛の国になってほしい。それが一番です。では次回は9月20日ころ更新予定です。文中の緒方貞子さんのことは、2019年11月10日No.52「5フィートジャイアンツ」で、中村哲さんのことは、2020年12月9日No.101「郷土の英雄」に書いています。参考に。

29日 8月 2021
いや~、この年になって、しかもコロナで忙しい時にクラッシックのコンサートに行ってきました。音楽と言えば、せいぜいカラオケで昔の歌を歌うくらいしか能がない私ですが、なぜか、ラヴェルのボレロだけは好きで時々思い出したようにyoutubeなどで見ていました。皆さんも映画やテレビ番組等の中でもたまに演奏される曲ですので知っている方も多いと思います。それが、3か月くらい前に「一度、生で聞いてみたい。」と急に思い立ちネットを調べると8月に可児市で新日本フィルによるボレロが演奏されるという情報が。まず、「カゴ市ってどこや?」「何、カゴ市じゃなくカニ市?」などと言いながらネットで予約し無事行ってきました。私は、このボレロは人生そのものを表現しているようで、いつも聴きほれてしまいます。(ここから先は聞いたことが無い人は一度、youtubeで聞いてから読んでください。)まずは、スネアドラムと言う小太鼓が小さな音でリズムを刻み始めます。まるで心臓の鼓動のようにタンタタタ、タタタタタカタ・・(さあ、人生が始まります。)それからフルートの優しい音色でメロディが流れ、クラリネットがメロディを引き継ぎ、(生まれたばかりの赤ん坊がお母さんのあふれる愛に包まれて、その腕に抱かれています。その後、まだまだ小さな子が何の不安もなく穏やかに遊んでいる様子です。)ファゴットやオーボエの音色で少し旋律が変わり、音も低音になっていきます。(少年期の不安や心の揺れ動きが出てきて)さらに、いろんな木管楽器、そしてトランペットやトロンボーンの金管楽器も加わり、(青年期の希望や将来に対する不安などをないまぜにした複雑な心境が続く。)次にバイオリンなどの弦楽器もメロディを刻み、(社会に出て活動の幅を広げ、どんどん行動範囲も大きくなっていきます。広い世間が見えてきます。)その後、全ての楽器がそれぞれの演奏をしばらく続ける。(社会人として成功もし、責任も生まれ、また失敗を経験するが、周りに助けられ年月が過ぎる。)すべての楽器の力強いリズムと旋律がさらに大きく響く。(人生、山あり谷あり、成功と挫折を経験、いろんなことを乗り越えながら、生きて行く。)大きな音の打楽器も加わり、同じ旋律だが激動を感じる。(人生のクライマックスを迎え生きてることに感動する。)最後まで全力での演奏が続き、メロディが少し変わったところで最高潮の音とともにジャーンッ!と区切りの演奏により終わりを迎える。(最後まで自分の人生を全うし、感動の頂点で人生の終わりを迎える。)簡単に言ってしまうと、そんな感じですね。いつ聴いても感動します。66歳になって初めて行ったクラッシックのコンサートでしたが、わざわざ可児市まで行った価値はありました。考えたら、行ったことのないところは山ほどありますし、食べたことのない料理、その他初体験はこれからまだまだあると思います。コロナで行動を制限されるのが辛いですが、じっとして新しいことを何もしなければ、人間の行動はドンドン狭まって脳が固まり、終いには新しいことを何もしたくなくなるそうです。これからも面倒くさがらずに新しい事に挑戦すれば、新しい発見により、また新しい人生が見えると思います。頑張りましょう! 今回は、単なるコンサートの感想に終始しましたが、みなさんもぜひ「ボレロ」を聞いて、コロナの閉そく感が漂う中、ちょっとだけですが小休止してみてください。また頑張ろうという気になると思います。 では、次回は9月10日前後の更新です。

19日 8月 2021
8月15日、戦後76年目の終戦記念日でしたが、今年の新聞テレビ等のマスコミの扱いは、例年とちょっと違っていました。まず新聞の一面での扱いは、数紙が端っこに”今日、終戦記念日”と小さく、「一応載せてますよ。」と言わんばかりの扱いです。テレビ等の取り上げ方も例年より少なく、「終戦記念日やったんや。」と言う感じでさっと過ぎて行きました。確かにコロナや大雨等の自然災害の真っ最中ですから、今更終戦と言っても遠い昔のことだし、実際に戦争に行った人の数も1万人を切ったと言われています。戦争に行かなくても、戦前に生まれた人でさえ総人口の15%を切っているので、どこか昔のこと、どこか他人事のように扱われ、コロナや自然災害が無くてもマスコミの取り上げる量は少なかったかもしれません。あと10年もしたら、”海の日”とか”山の日”と同じように”終戦の日”と言う文字だけ記憶されて、その意味など、あまり考えようとしなくなるのかもしれません。と言うか海の日や山の日は休日ですが、終戦の日は休日でも何でもないので余計に忘れられていくように思います。写真は昭和20年、私の生まれた北九州市八幡の大空襲写真です。広島や長崎、東京や沖縄だけでなく日本中で大きな被害と犠牲者が出ました。その時代だけでなく、現在でも中東やアフガンのことを考えると平和がいかにありがたいか、しみじみ考えさせられます。その平和を守るためには、国の武器も必要だとは思いますが、その武器をどう使うか、が非常に重要になる訳ですが、実際に武器を使った兵士の言葉で興味深いものがありました。太平洋戦争の発端となった真珠湾攻撃に参加したパイロットの方が100歳を越えてまだご健在です。その方の言葉に「私たちは敵の空母や戦艦を沈めることだけを考えて訓練していました。実戦で爆弾が命中し沈没すると、やった、と喜びました。ただ、後から考えるとその空母や戦艦を動かすために何人もの人が乗っていて、その人たちも犠牲になったことを考えると胸が痛みます。」と言ってました。戦争は敵艦や敵機に攻撃を加えることを第一の目的として始まりますが、その中には人がいて、結果的に人の殺し合いで、どれだけ多くの人を殺したかが勝ち負けにつながる単純なゲームです。果たして戦争を始めた人たちは、初めから人を殺すのが目的、また味方も殺されることも覚悟、して戦争を進めたのでしょうか? 飛行機を落とす、敵艦を沈没させる、戦車を爆破する、敵の基地を破壊する、それらは全て、そこにいる人間を殺す、味方も殺される、戦争を推進した人たちがみんな、そう考えていたとは思えません。国の利益を考えてと言いますが、国=民のはずですから、その民が多く犠牲になることが分かっていて進めるのは決して国益にはならないはずです。体裁、外聞、意地、思い込み、当事者意識の欠如、そんなものが戦争を抜き差しならないところまで追いつめたようにも思います。そして、それはA級戦犯や時のリーダー等の戦争責任者だけでなく、戦争を賛美し、うその報道をしながら多くの国民を死に追いやった大新聞等のマスコミも同じ責任です。当時のマスコミ関係者などは、A級、B級戦犯と同じくらい大きな責任があるはずです。しかしながら、 自分たちの責任の大きさを真っ向から議論し、次につなげようという動きは今見られません。過去にはそのことを反省する番組があったかもしれませんが、責任はずっとついて回るはずです。一回や二回やりました、で終わってはなりません。誰が悪かったと責任を押し付けることが目的ではなく、無益な戦争を二度と起こさないためにはどうするか? 終戦記念日ですから、年に一度くらい、そんなことをみんなで考えるきっかけにしてもいいのではないでしょうか? 私が10歳の時の8月15日の新聞を今でも覚えています。 陽の当たる広い野原で20歳の女性がただ座ってくつろいでいる。そして見出しは、「あの日に生まれた子供が二十歳になりました。」みたいな言葉です。あれから20年、日本にも本当に平和が来た。という雰囲気が紙面全体から感じられるものでした。私は、戦争が終わって10年後に生まれました。戦争は決して、遠い昔の他人事ではないはずです。 さあ、夏も盛りを過ぎようとしていますが、相変わらずのコロナの拡大、大雨の被害、なかなかいい話がありませんが、生きてるだけで幸せ、文句を言わずにまた頑張りましょう! 次回は8月末に更新予定です。

09日 8月 2021
熱戦に次ぐ熱戦で大いに感動を与えてくれた東京オリンピックが終わりました。金メダルのスカッとした喜び、また金が取れずに銀や銅でも落ち込んで下を向く姿、逆に銀や銅を誇らしげに掲げる選手たち、さらにメダルが取れず表舞台から静かに去って行った有...

27日 7月 2021
さあ、待ちに待ったオリンピックが始まりました。紆余曲折があり、多少ケチも付きましたが、やっぱりオリンピックは面白い! これだけアスリートたちが真剣にやっているスポーツは、他にあまりありません。その真剣さが画面からでも伝わって、涙が出るくらい感動します。一つ一つの競技についてはこのくらいにして、詳細は閉会後のブログにとっておきます。 さて、そのオリンピック憲章の根本原則の中にかかれている目的に”平和な社会の推進のため”と”人類の調和のとれた発展”と言う言葉が出てきます。つまり、人種・肌の色・性別・性的志向・言語・宗教・政治・その他の意見・社会的出身・財産・出自・その他の身分、等々あるとあらゆる差別をなくし、スポーツに集う事と書いています。今までもそのようなオリンピックのメッセージはあったのでしょうが、今回、奇しくも何人かの言動で改めて、女性蔑視、障害者いじめ、大量虐殺への冒とくなどがクローズアップされ、それが許されないことだという判断を全世界で確認することになりました。これらのことは確かに問題ではありますが、これだけ多くの機会と時間を使い何が正しいかの確認ができたのは、今後にとって役に立つのではないでしょうか? 我々大人だけでなく、これから自分で判断をしていく子供たちも、何もなければ軽い気持ちで差別をしていたかもしれませんが、”やってはいけないこと”なんだと理解するきっかけになれば、このオリンピックもケチが付いたと嘆く必要もないかもしれません。 そんな差別のことがメディアで毎日流されていた時にたまたまyoutubeで昔のフォークソングなどを聞いていたのですが、久しぶりに聞く懐かしい曲が流れてきました。「竹田の子守歌」と言う1970年代初めの曲でとてもいい歌です。「(写真は昭和の子守りたち)いや~、いつ聞いてもいい歌だなあ。」と聞きほれながら見て行くと、歌詞の説明等が流れてきて驚きました。もともと竹田と言う地名はどこの竹田か知りませんし、高校生くらいの時でしたから詳しい歌の背景も知りませんでしたが、竹田とは京都の竹田のことで、しかも原曲に近い歌詞には、吉祥や久世と言った地名も出てきます。私が京都に来た44年前から35年間は吉祥院に会社の本社があり、途中10年くらいは竹田の事務所で仕事をしていたので吉祥院と竹田の行き来は久世を通ってました。つまり、私が働いていた期間のほとんどは、竹田の子守歌と何らかの関係がある土地で生きていたのです。そして、さらにこの歌が、被差別部落の貧しい子どもたちが赤ん坊の子守りに出された際にうたった悲しい歌であるという事も知りました。♪盆が来たとて、なにうれしかろ、かたびらはなし、帯はなし♪{盆や正月が来ても何もうれしいことはない、新しい着物や帯が買えるわけでもないから。}♪久世の大根飯、吉祥の菜っ葉飯、またも竹田のもんば飯♪ {久世では大根で量を増やす大根飯、吉祥では菜っ葉をたくさん入れた菜っ葉飯しか食べられない、でも竹田のもんば(おから)のご飯よりもマシ} ♪早よも行きたや、この在所越えて、向こうに見えるは親の家♪ {早く帰りたい、あの在所(部落)越えて、その向こうにはかすかに親の家が見えるのに、どうして帰れないの。}そして、この”在所”と言う意味には被差別部落の意味もあるということでした。なので、その部落を越えては家に帰れない、と解釈しているのですが、ちょっと違う気がします。被差別部落の子たちが子守りに出されたら、逆に在所=普通の街ではないかと思います。普通の街を越えて被差別部落に帰るのに、そこでは差別があって帰れない。と私は解釈します。それにしても高校生の時から50年経って、何で今頃分かったのか? それはyoutubeなどで情報収集力が付いたこともありますが、根本はこの「竹田の子守歌」がしばらく発売禁止、マスメディアでは放送禁止になっていたそうです。なぜなら、”在所”が被差別部落を表すからだという理由です。全くバカな理由です。在所が被差別部落を指すものではないとかあるとかの前に、もしそうであるなら、なおのこと、みんなでそのことについて意見を言い合い、何が悪いのかを明らかにすべきだと思います。 例えば、私の解釈通りとすれば、「昔、生まれとか職業とかでいわれのない差別を受けてた人たちがいて、家が貧しいので小学校の低学年で赤ちゃんの子守りに出された女の子たちもいました。その子たちは食べるものもちゃんと食べれず、親に会いたくても途中の街でいじめられるので帰れなかった。」と話をして、多くの子供たちに、どう思う?と考えさせれば、良い教育になると思います。そんな可哀そうなことやめよう!と言い出す子が出てくるでしょうし、そうなればいじめも減ります。何でもかんでも臭いものには蓋で、隠してしまえば良いというのは、自らの進歩を断ち切ったようなものです。そう考えると、今回のオリンピックではいろんなことが明るみに出ましたが、それにより善悪の判断も子供たちへの教育もできたでしょうから、不幸中の幸いという事で、あとはオリンピックの競技に集中しましょう。 昨日の大野将平の試合、良かったですねえ。本当なら目の前で見れたのに、無観客のせいで・・・・残念で残念で仕方りません。今日のソフトも・・・・(まだ、うだうだ言ってます。) 今回、事情があって早めに更新しました。 次回は、8月10日前後、残りのオリンピックがどうなっているでしょうか?  では、熱中症等に気を付けて、元気にお過ごしください。

19日 7月 2021
先週、アメリカのオールスター戦を見ました。年に一度の催しで、アメリカ国民もめったに見れないものを見ているような特別感を感じながらの一日で、私たち日本人が見ていても見ごたえがありました。もちろん、それは大谷翔平と言う飛びぬけて特別な存在があるからですが、今回のテーマ「臨機応変」で感心したのは、大谷を始めとするスーパースターのことではなく、MLB機構の判断についてです。我々ファンは、大谷の二刀流を両方とも見たいというのが心情ですが、ピッチャーとして投げるとピッチャーを交代したら打者としてもベンチに下がらなくてはならず、大谷君の打撃が見られなくなるのです。ところが、今回90年以上やってきたルールをあっさりと変えて、ピッチャーとして出ながらDH(指名打者)としても同時に出場できるようにして、ピッチャーを降りても打者として打席に立てるようにしてしまったのです。大谷が出場すると決まってから、わずか数日でルールを変えてしまうなんて、すごくないですか? 日本だったら、そこまで迅速にルールを変えられたでしょうか? こんな些細なことではありますが、改めて「アメリカってすごい!」と感じてしまいました。そもそもルールは何のためにあるのかと言うと、ある目的を達成するため、それをスムースに進めるための手段の一つにすぎません。安全に社会を生きていけるように法律が作られ、目的を果たすためにいろんなルールが作られます。会社の規則も学校の校則もスポーツのルールもみな同じようにある目的のための作られているのですが、緊急の時にはルールを変える(破る)ことは当たり前のようにあります。災害時に赤信号だからと車を止めて青になるのを待っている間に津波にさらわれる、また、近くの家の中で「助けて!」と言う声が聞こえても、不法侵入や器物損壊になるからと家の前でじっと待っている、そんな人はいないでしょう。そこまで極端でなくともコロナのワクチンを承認するスピードなどは、ルールを変えてとにかく早く承認すべきでしたし、ワクチンの接種優先順位も東京、大阪等の大都市から優先させるのは当然です。地方には申し訳ないですが、一日に一人とか二人しか出ていない県のしかも郡部で今まで誰も感染していない地域の若年層に何で都市部の50歳以上よりも早くワクチン接種が行われるのか? そんなルールは変えてしまえば良いだけです。 もし、それを進めようとすれば、「何事も平等にせねばいけない。」とか「国家権力が強引に地方を切り捨てて・・・」とかいう人が出てきて、地方の国会議員たちも自分の票があるから、一緒になって反対するでしょう。今、日本が火事になっていて東京や神奈川、埼玉、大阪で燃え盛っているのに「消火剤は全国に一律に配布します。燃えてないところでも念のため消火剤をまきましょう。」などと言ってるのと同じことです。全然、「臨機応変」ではないですね。国の政策だけでなく、企業の規則、学校の校則も時代が変わり環境が変われば、見直せばいいだけです。常に何の目的でこのルールがあるのか、と本質を見る目を養えば、ルールに縛られて目的を逸することはなくなるでしょう。「臨機応変」何事も柔軟に対応したいですね。 さて、オリンピックが無観客になり、せっかく当たっていた柔道73Kg級、大野将平の決勝とソフトボールの決勝が見られなくなって、ムッとしながら予約したホテルにキャンセルの電話をしたら、キャンセルしてもお金は戻らない予約だったのです。さんざん言っても対応した女性が冷たく「そのような予約ですので・・・、」とか他のホテルは返金してるところもあるみたいですよ、と言うと「よそはよそです。」とつれない言い方、頭に来て「そうかもしれんが、こっちは大損をしてるんやから言い方があるやろう。こんなホテル二度と利用せんからな。」と電話を切りました。ところが、その日の夕方になって落ち着いた紳士から電話があり、「〇〇ホテルです。」この野郎まだ何か用か。「先ほどは本部としての対応が決まっておらず失礼しました。オリンピックのキャンセルについては、全てのご予約で返金をさせていただきます。」とのこと。「そうですか。」と冷静に答えながら、「臨機応変でなかなか良い対応ですね。これからも利用させてもらいます。」と手のひらを返したように褒めておきました。結局、自分に都合が良いようにルールを変えてくれれば”臨機応変”になるのでしょうね。 では、 次回は30日前後です。

11日 7月 2021
「オリンピックを無観客で!」オリンピック組織委員会をはじめ5者会議で、とうとうこんなバカな決定をしてしまいました。一時は開催も危ぶまれていましたので、まあ開催されるだけでも良しとしなくてはならないのかも知れませんが、オリンピックはただの競技会ではなく、世界に感動と勇気を与えてくれる筋書きのないドラマです。昔から、今まさに病魔と闘っている人や思わぬ災害で苦しんでいる人、人生に疲れて希望を亡くした人たちが、「生きる勇気をもらった。」とオリンピックを見て、また頑張ろうという気持ちになったことでしょう。そんなドラマには観客の応援が大きく影響していると思います。見に来ている人たちの心から出る、「ワーッ!」と言う声や鳴りやまない拍手、それらが選手にも伝わり、普段とは違う力が出るから好勝負が生まれ、夢のような記録が出るのだと思います。それを、全く観客を入れずに選手たちに勝手にやれ、とばかりに馬鹿な決定をする日本は世界から嘲笑されても仕方ありません。なぜなら、私もワクチンを2回打ちましたが、その効果はファイザー製で95%、モデル名で94%の人たちがコロナ感染を防げると言われています。したがって、観客は「ワクチン接種者、もしくは直前に陰性の検査結果を条件とする。」とすれば、効果がないと言われる約5%の人が、直前に陰性であったが、たまたま当日陽性になった人と長時間接触する可能性が、どれだけあるでしょうか? (通常の検査における陽性率は7%程度ですから、直前に陰性の人が急に陽性になる確率は1%もないと思いますが、仮に1%とすると、5%×1%=0.0005、陽性者が出る確率は、1万人と濃厚接触をして5人です。)競技会場に行ったからと言って来ている人全員と濃厚接触するわけではないので、私はほとんど新規感染者は出ないと想像します。だから会場に少々人が集まったとしても、ワクチンも打っていない、しかも現時点で陽性の可能性がある人たちが、ウヨウヨ歩いている東京の街中よりも圧倒的に安全なはずです。参加する選手と同じ条件(ワクチン接種、事前検査で陰性)を入場の条件にするだけで何ら問題なく開催できるはずです。同じように緊急事態宣言ばかり乱発し、飲食店や他の商業施設、娯楽施設等々を苦しめるだけ苦しめて、効果が薄いことを延々と続けている政府や自治体もバカな意思決定をしているとしか言いようがありません。そこも同様にワクチン接種者、3日前以内に陰性証明を持っていれば、飲食もお酒も通常通りOK! ただし、念のためマスク着用やアクリル板設置、人数も4人までとすれば、経済にも大きな影響がなく乗り越えられるはずです。都議会選で都民ファーストが「五輪無観客」をうたって活動した結果、議席が存外減少しなかったことを見て、急に弱気になって無観客にするなど愚の骨頂。もともと、後々批判されないようにワクチンの承認が遅れたことや、検査体制を強化しなかった国や地方自治体の無策のしわ寄せが今、日本中で大きな不満となって表われていると思います。ゴルフをするのにゴルフシューズを履いていない人が1%くらいいて、その人のせいで芝生が荒れるのでしばらくゴルフは禁止にします。などと言ってるのと同じです。芝生が荒れるなら全員を禁止せずに、ゴルフ場に来た時にシューズ検査をして、ゴルフシューズを持っていない人だけをプレイ禁止にすればよいだけです。全員を禁止にして誰が喜びますか? 今の緊急事態宣言はそれと同じことを延々とやっています。国や自治体だけでなく、前回のブログにも書きましたが、自分さえ儲かればいいとばかりに夜中でも店を開けてジャンジャン酒を出している店、そこになだれ込む若者たちによって、結果的に感染者を増やし続けた一部のけしからん東京人。オリンピックを開催するという事は、世界に感動と勇気を伝える義務もあるわけで、それを国民としてできないことに憤りを感じます。選手たちやオリンピックを待ち望んでいる世界の人たちにも申し訳ないですね。本当に情けないことです。 あとは、こんな状況でも選手たちには力の限りがんばって、悔いのない戦いをしてもらいたいですね。 世界各国の選手の健闘を祈ってます。 さあ、次は7月20日ころに更新します、オリンピック直前ですね。 何か、スカッとした話題が出てきてほしいものですね。

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