30日 7月 2022
安倍元首相の暗殺から1ヶ月が経とうとしていますが、事態は新たな問題を浮き彫りにしました。旧統一教会と自民党を中心とした政治家たちのつながりが、次から次へと明るみにさらけ出されるようになりました。聞いていて、「全く醜い!」統一教会の票が無いと選挙に通らないならば、自民党ではなく統一自民党か何かに名称を変えた方がいいのではないでしょうか?自民党はこの事実を大いに反省し、旧統一教会から支持を受けた政治家たちは、自らの過ちを恥じて、これまでの関係を明らかにするとともに次回の選挙では、完全に手を切って一から出直すことが絶対条件ではないだろうか。なぜならば、統一教会は他の宗教団体と違い、多くの犠牲者を出した犯罪集団なのですから・・・・。名前の挙がっている政治家諸君、君たちは票が欲しければ犯罪者とも手を握るのか? それこそ、悪魔との取引に手を染めたのと同じことである。過去の選挙の際に自民党の議員が立憲民主と共産党が手を組んだことに対して、「票が欲しければ、意見の違う党とも手を組むのか?全く節操がない。」などと言ってたわけであるが、君たち自民党の一部の人間は、「票が欲しければ、犯罪組織とも手を組むのか?そして、犯罪組織に対して自らが広告塔の役目を果たし、その組織が世の中にはびこる手助けをするのか?」ましてや、相手は外国の宗教団体であり、活動資金の7割は日本人から搾取している、とんでもない団体であるにもかかわらずである。関与した政治家は日本人が不幸になることを分かっていながら票欲しさのために、その集団に手を貸している訳である。私は選挙では基本的に自民党を応援していたが、この体たらくを見ると自民党も国政を任すに足る政党か、疑問が生じる。今もしも国政選挙があれば、自民党は大きな打撃を受けることは間違いない。しかし、あと3年は国政選挙がないので国民の審判を仰ぐのは早くて3年後である。それまでに党として、旧統一教会などのカルト犯罪集団とは一切の手を切り、また、それでも統一教会と縁が切れない人たちとは袂を分かち、新党を結成するくらいの覚悟がないと信頼できる政党とは思えない。日本国の針路を他国のカルト教団に左右されることは断じて許してはならない。そして、マスコミも話題になった時だけ取り上げて、のど元過ぎれば何とかで、いつの間にか報道しなくなる、そして結果的に犯罪集団は生き残り、私たちの周りに根を張り巡らすことになるのである。是非とも、大いに世論を盛り上げ、地道に活動してきた一部の弁護士さんたちと協力して、カルト教団撲滅の手助けをしてやってほしい。安倍さんの事件は全く痛ましいものであったが、それにより危ない宗教団体の実態が分かるようになったのであれば、安倍さん本人の恥部でもあるかもしれないが、日本国にとって大きな前進であると思います。義を重んじ、人の情けの分かる日本人の皆さん、今こそ、外国の犯罪宗教に対して凛とした態度で「悪いものは悪い!」と言う勇気を持ちましょう。 (あとがき) 前々回のブログに1990年代の終わりに韓国に出張で行った時にホテルで、たまたま統一教会の団体と遭遇したことを少し書きました。今思い出しても異常な雰囲気でした。もっと前、学生のころ、統一教会の学生組織「原理研究会」に入った人がいて、ずいぶん親御さんが苦労していた覚えがあります。宗教と言うのは人を助けるのが役目であるはず、人の弱みや苦しみに付け込んで、人を苦しめて何が宗教か?今回のことで少しでも不幸になる日本人(他国の人も)が減ればいいなと思う次第です。

18日 7月 2022
先日、一人のバカ者の凶弾に倒れた安倍元首相の国葬が検討されています。戦前は大久保利通やら伊藤博文、東郷平八郎、山本五十六など多くの政治家や軍人などの民間人も国葬されましたが、戦後となると1967年の吉田茂元首相以来です。(昭和天皇は除く)私は当時12歳、小学校6年生で学校も半休になりました。大人たちは、「何で吉田茂だけ、国葬なんや?」とちょっと怪訝な顔をしていたことを覚えていますが、とりあえず国をあげての大イベントでした。たまたま、その時、同級生に”吉田茂”君と言う同姓同名の人がいて国葬が決まった時から、みんなでワイワイガヤガヤと吉田茂君をからかっていたので、特にこの時の国葬を覚えています。そんな立派な?名前を親からつけてもらった同級生の吉田茂君は、正直言って”名前負け”、学校の成績は下の方で足が少し悪かったようで運動も全くダメ、話すのも上手ではなく、人を笑わすようなタイプでもない、もちろん女の子にもモテルタイプではなく、注目を浴びることのなかった人なので、余計に国葬の元首相と比べられ、周りの子供たちに、からかわれていたように思います。私自身、申し訳ないですが接点もあまりなく、周りのみんなと一緒にバカにしていたように思います。そんなある日、休み時間に人の輪ができて何かをみんなが見ています。何だろうと覗いてみると、みんなの真ん中に”吉田茂君”がいます。「何で吉田の席にこんなに人が集まってるのか?」不思議でたまりません。そうこうしているうちに、これも何故だか分かりませんが、サイコロを3~4つ出して、その次にカップを机に置きました。吉田茂君は、カップを手に取るとサイコロをそれに入れ、机にポンと置きました。中にサイコロが入っているのですが、手で何回か前後左右にカップを動かして、サッとカップを上げた途端、私は目を疑いました。中に入っていたサイコロが縦に並んで立っています。一同、「・・・・・・。」その後「わーッ」と大きな声。さらに何回かやりましたが、全部成功。それまで、そんな手品のようなものを目の前で見たことなかったので、それまでバカにしていたくせに「こいつ、すごいなあ。」とちょっと尊敬してしまいました。勉強もスポーツもできず、友達ともおしゃべりをしない分、一人で黙々と練習していたのだと思いますが、その時、何となく「人間って、それぞれに、いろんな力があるんだ。」と感心したのを覚えています。その後、中学も高校も違っていたので、吉田茂君がどうなったかは、全く分かりません。前置きが長くなりましたが、社会に出てからも同じようなことを感じたことが多々ありました。今の仕事には役に立たなくても違う仕事では大いに力を発揮する。もっと言えば、仕事には役に立たないことでも人間関係には大いに役立つ、出世しそうにないけど人には好かれそうだ、いろんな人を見ていると一つの尺度だけで判断してはいけない、その人が持っている才能は今見えてないだけかもしれない。そう考えると人の持つ才能の総量は同じではないか?「才能均等の法則」これは、私が作った法則ですが、長い間いろんな人と接していると、どうも正しいように思います。私は特に意識してはないですが、「来る者は拒まず、去る者は追わず。」で多くの人と同じように付き合っています。年長者も年少者も上司も部下も分け隔てなく、偉い人もそうでない人も国籍、性別その他・・・あまり意識しない。これは、どこかで才能均等の法則が根底にあるからかもしれません。今ある序列、例えば会社での役職などは、ある部分的な才能による差に過ぎず、他の基準であれば序列は大きく変わるはずです。人それぞれ持っている才能の総量は同じ。ある部分は負けていても、自分が秀でている分野では勝てるはずです。安倍さんの国葬から全く関係のない話になりましたが、世の中の人、そしてその周りの人も、持っている才能の総量は同じと思えば、相手をリスペクトし、いじめなどとは程遠い、それだけで豊かな人間関係が築けるのではないでしょうか。 (あとがき) 「才能均等の法則」と同じように、もう一つ信じていることがあります。ある一定期間の「人間のツキの総量は同じ」。これもどこかでブログに書きたいと思いますが、「ツイて無いなあ。」と思う時は逆にラッキーで、その分どこかでツキが貯まっているのです。以下続く。次は30日ころに更新予定です。

10日 7月 2022
既に報道等で知っての通り、戦後最年少で総理になり、歴代最長の在籍を誇る安倍晋三元内閣総理大臣が、たった一人の浅はかなバカ男の凶弾で亡くなりました。不運だった、と言う言葉で片付けてはいけないのですが、悪い要因が複数集まって、このような結果になったのは事実のようです。急に奈良で街頭演説を行うようになったこと、演説の場所がたまたま死角のある場所だったこと、ちょうど警備の隙ができた時に近づけたこと、打った弾が当たった、しかも急所に当たった、1発目と2発目の間に警備員が阻止できなかった等々、本当に”たまたま”や”偶然”が重なってしまったことは、不幸としか言いようがありません。残念です。安倍さんは昭和29年生まれで私より一つ上ですが、同世代として、数々の活躍を誇りに思っていました。多々ある功績はここで言うまでもありませんが、過去の人としての功績だけでなく、今後にも大きく期待できるリーダーだっただけに日本国の損失は如何ばかりかと憂慮しています。体調不良で退任したときに書いたブログ(2020年8月30日、No91)にも「体調が回復すれば、できればもう一度日本のために頑張ってほしい。」と言う思いを書き綴りましたが、その可能性は充分あると思っていました。また最近では、「防衛費をGDP比2%に!」と言い出したのも安倍さんでしたし、「現実を直視し、核保有の議論を」とか生涯にわたって”憲法改正”に情熱を注ぎ、日本と国民のためには、タブーはないと、しっかりした自分の意見を持ち、それを発言する人でした。”今の日本に何が必要か”、批判を恐れずに、これほど堂々と言える人が今の政界にいるでしょうか? 安倍さん亡き後の政界が、あっちでもない、こっちでもない、批判を恐れてはっきりとものを言わない、未来のことよりも目先の人気取り、事なかれ主義、とりあえず今の問題に対処するだけで根本の問題に取り組まない、そんな情けない混迷に包まれることのないように、是非是非現役の政治家の皆さんには頑張ってもらいたい! 安倍さんに続くリーダーが出てきて、日本を、そして世界をより良い方向に持って行くことこそが、志半ばで無念の最期を遂げた安倍晋三氏に対する最大の供養だろうと思います。また、今回の暴挙を「民主主義への挑戦だ。」とか声高に叫んでいる人が多いですが、今回のことは民主主義に対する挑戦でも、思想を暴力で覆そうと言う意志がある訳でもなく、単に何も考えていないバカが勘違いで暴挙を犯しただけですから、警備の仕方も大事でしょうが、今後どう取り締まるのか、真剣に考えることが大事です。あんな危険なものが作れてしまうなら、要人は警備の強化で救われるかもしれませんが、普通の人はやられてしまいます。例えば、手製の銃を作るのに、鉄パイプは仕方ないとしても火薬は買うのに許可制、特にからの薬きょうなどは販売することを禁止にすれば、ずいぶん防げると思います。その他、ネットで検索すると銃の作り方みたいなものも出てきますし、今まで無かったからと、いろんな規制が緩いのも確かでしょう。残念なことではありますが、昨今の事件を見ていると、ある一定の割合で今回のようなバカが存在するのは事実だと思います。その連中が今後暴挙を起こしにくいように今回は銃ですが、爆弾や毒薬等も作ろうとしたときに面倒くさくなるくらいの規制をぜひ検討してもらいたいと思います。これから先、また同じような手製の凶器で人が殺められるとしたら、それこそ安倍さんも報われません。新たなリーダーの出現と関係機関の速やかな規制強化を期待しています。 最後に、日の丸の似合う、素晴らしい日本人だった安倍さん、お疲れさまでした。ご冥福をお祈りします。 (あとがき) 今回の容疑者は、母親が統一教会の信者で多額の寄付により破産、家庭崩壊したことを逆恨みしてのことと記事にありました。今から20年以上前に韓国に出張に行ったときに同じホテルに統一教会の団体が泊まっていました。夜中までロビーで談笑し、その後、12時を過ぎてホテルに帰ると、みんな並んで何か話を聞いていましたが、異様な光景でした。帰りは布団やら壺やら山ほどの荷物です。合同結婚式で見知らぬ人と結婚させられ、高い物を買わされ、多額の寄付を払わされる。それで幸せなら個人の勝手ですが、今回のようなことが起こると個人の勝手とばかり言っておれないようにも思います。安倍さんが亡くなっただけでなく、犯人の動機も含めて、本当に嫌な気持ちだけが残る事件でした。残念、無念です! 次回は7月20日ころ更新します。明るい内容になればいいですね。

30日 6月 2022
とにかく暑い、と言うより”熱い”と感じる今日この頃です。昨日6月29日に関東では40度を超えるところがありましたが、6月でこの暑さは異常ですね。と言いながら、毎年、異常異常と言ってるような気がするので、すでにこれが当たり前と言わざるを得ません。統計ではこの100年で気温が1度上昇したとか言ってますが、体感的にはもっと上がっている感じがして調べたところ、例えば東京の気温について私が生まれた1955年と2018年を比較すると、6~8月の3か月間の最高気温の平均は、1955年が34.03度に対し2018年は36.4度と2度以上上がっています。さらに都市部でのビル群にいると体感温度はもっと高く感じます。このまま行くと21世紀の終わりには、日本は熱帯気候に近くなり、米も育たず山々はヤシと竹林、海には熱帯魚、野山に咲く花も毒々しい色に変わり、海岸線は世界で氷河が溶け出し数十センチ上がる。災害も今の数倍の回数で甚大な豪雨や台風が襲い、海岸や河川の近くでは暮らせなくなるかも知れません。私たちは、そんな世界を子や孫、ひ孫への贈り物としていいのでしょうか? また、日本では国家予算の2.2倍もの借金(国債)を抱えているにもかかわらず、毎年、その返済以上の借り入れをして、平気でいます。これを「財政的幼児虐待」と言うそうですが、その通りで、自分たちはコロナの一時金などのバラマキで懐が潤うが、それらは全て未来の私たちの子や孫、ひ孫に借金の肩代わりをさせる、と言うひどい仕打ちです。個人の場合なら、子や孫のために自分たちは我慢しても何とか子孫の生活が楽になるようにしたい、と思う人が大半だと思いますが、国家規模になると自分も含めて何も感じなくなるのは、いかがなものでしょうか? 気温上昇の問題も国の借金も、今の私たちが我慢しなければならないところは未来のために我慢する。具体的にはCO2排出を減らすためにかかった費用は消費者も享受する。つまり、それら規制によりモノの価格が上がっても受け入れる。原発も受け入れる。ガソリン車から電気自動車への移行を推進するためガソリンの値上がりも我慢する。バラマキの支援金など要らないと意思表示する。簡単に詐欺にあうような持続化給付なども吟味して、何でもかんでも国が金を出すことに喜んでしっぽを振るような真似をしない。そうやって予算をねん出して国債の返済や未来の環境つくりに使ってもらう。大変ですが、今の我々世代が我慢することで初めて、住みやすく、生きやすい世の中が訪れ、おのれの不甲斐なさを未来の子孫たちにしりぬぐいさせなくて済むのではないでしょうか? 「武士は食わねど高楊枝」、ちょっとぐらい我慢したからと愚痴など言わず、涼しい顔で暮らすことの方がよっぽど気持ちがいいように思います。もう一つ重要な贈り物は、私たちが先祖の方々から贈られた、この”平和”と言う贈り物を今度は私たちが未来の子孫に伝えることだと思います。単に争いから逃げるのではなく、防衛に対する意識を高め、それなりの投資もし、また政治による高度な交渉も交え、私たちが享受できた素晴らしい平和のありがたさを未来永劫、子孫たちにも感じてもらいたい。平和、環境、財政、その三つを未来への贈り物とできるなら、私たちはいつでも我慢するので、それにより得られた予算を、国には堂々と使ってもらいたい。と感じています。さあ、参院選挙です。そんなことを堂々と言ってる人はいるかな? ちまちまと人気取りみたいな目先のことしか言わないような人には入れたくないですね。と言いながら候補者を眺めていると・・・・・・・「入れる人がいない!」さみしいことですね。 (あとがき) 時々、本当に今の若い人たちは大変だなあと思う時があります。出生率は下がり高齢者ばかりが増えるので自分たちの負担が増え、物価は上がり、でも給料は上がらず、70歳定年は当たり前、その後も働かないと年金だけでは食べていけない。ようやく75歳から80歳で仕事を辞めた時には、体も動かず家で死ぬのを待つだけ。こんな未来を想像して夢や希望が湧くでしょうか?考えれば考えるほど、しんどいことばかり。優秀な若い人は日本を見限り海外へ活躍の場を広げるでしょう。政治家の皆さん、日本は待ったなしの土俵際にいることを真剣に考えてもらいたいですね。 それと、もうひとつだけ。先回書いた水上レストランのJUMBOが曳航している途中で沈没したというニュースが入ってきました。悲しいですね。水上に花咲いた竜宮城だったJUMBOが、海底に沈んで本当の竜宮城になってしまいました。ご冥福をお祈りします。

20日 6月 2022
香港と言うと、まず「100万ドルの夜景」と言われるビクトリアピークから香港島と九龍半島を望む眺望が浮かびますが、その香港島の裏アバディーン地区に行くと、突然キラキラギラギラ、目がまぶしくなるような光に包まれた建物が水の上にドーンと現れます。まるでこの世のものとは思えないような豪華絢爛さに度肝を抜かれ、岸から船で渡ると、そこはもう一つの香港の顔、4階建て海上レストランの「JUMBO」です。1980年代の後半くらいから香港に行ってますが、最初のころはこの豪華なレストランで食事するのが楽しみで、何を食べても旨いと感じていました。途中から、食べるだけならもっと美味しいとこがあることを知りましたが、ここは食事のおいしさ以上に、いつも人が多く活気にあふれ「香港に来た!」と感じられるところでしたので、それから何回も行きました。ところが、最後に行った10年ちょっと前、光が薄暗くなって4階ある建物の内、1~2階しか開いてないのです。それまで観光客でごった返していた店内もがらーんとして、あのJUMBOはどこに行った?と寂しい思いをしていましたが、その後、香港の民主化デモで観光客がさらに減り、コロナがとどめを刺したのか、2年前の2020年3月に営業を停止し、そして先日14日にとうとうアバディーンの海上から船で曳かれて撤去されたというニュースがありました。たかだか民間の水上レストランではありますが、何か香港全体が変わってしまい昔の良き時代が終わったような気がして、寂しく感じます。日本でもコロナに限らず諸事情で営業を停止した地方百貨店や料理店、テーマパーク等々、たくさんあります。「あの店美味しかったのに。」「あのテーマパーク、子供を連れて、よく行ったなあ。」「小さいころ、この百貨店の食堂へ連れて行ってもらうのが楽しみで。」などなど、昔の思い出までも消えていくようで今まであったものが無くなるのは、やはり寂しくなりますよね。でも、考えてみたら、人間も含めて生命体は要らなくなった古いものを体外へ出し、新たに必要なものを取り入れる、いわゆる”新陳代謝”をするから生きていけるのであって、それができなくなると生命の維持もできなくなります。それと同じで、社会全体でも”新陳代謝”が活発に行われることで、また新たに生きるエネルギーが生まれ、新たな街や社会ができるのですから、古いものが無くなることは、歓迎せねばならないのでしょうね。と、頭で理解はするのですが、古いものに対する郷愁は捨てきれぬものがあります。しかし、そんなことばかり言ってて、これからも続くであろう社会の新陳代謝の中で、今度は自分自身が古くて役に立たないものとなれば、”JUMBO”のように船に曳かれて排除される訳ですから、そうならないように頑張らねばねばなりませんね。船に曳かれるなんて、「まだまだ10年早い!」とJNMBOの栄枯盛衰を思いながら、自分自身が奮い立つ今日この頃です。みなさん、がんばりましょう。 (あとがき) 18日に、今、お米の普及と食の感動を広げようとがんばっている、株式会社八代目儀兵衛と言う会社の経営方針発表会で講演をしました。社長は元ニッセンの人でまだまだ若くて、業界に新しい風を吹き込もうと頑張っています。まさに今までの古いものにとって代わって、新たなコメの文化を築こうと新陳代謝の真っただ中です。その中で若い社員の方たちがみんな一生懸命に耳を傾けてくれて、あっという間の90分でした。そんな人たちが、私の話を聞いて異口同音に「役に立ちました。」と言ってくれてます。人の役に立つうちは、まだまだ現役。そう簡単に排除される訳には行きませんね。次回は30日前後に更新する予定です。

10日 6月 2022
6月10日、時の記念日にあたり、少し昔を振り返ってみようと思います。と言うのも、今週7日に東京ビッグサイトでダイレクトマーケティング(以下DM)フェアと言う展示会があり、その中で講演を依頼され話をしてきました。DMと言うと何かなと思う人もいるでしょうが、いわゆる通信販売のことです。会場は出展者も来場者も若い人がたくさんでDM業界に従事している人の多さを感じました。通販と言うと、今でこそ、テレビやWEBなどが主媒体になってきましたが、元々は紙媒体が主流で欧米では100年以上前からすでに普及していた販売手段です。写真のカタログは、フランスの友人からもらった1924年と1925年に発行されたフランスの通販カタログです。(プランタンとボンマルシェのカタログ)100年前ですから写真はまだまだ一般的ではなかったので、絵で商品を説明しています。当時の最新ファッションや靴バック、アクセサリー、家具や台所用品など、今と変わらぬ品ぞろえで驚きます。ところが日本では、なかなか業界が成熟せず、私が大学を卒業してニッセンに入った1978年頃の”通販”と言う響きの中には、少々暗い印象がありました。その当時の通販会社は玉石混交で、中には胡散臭い商品やまがい物を売る会社もあり、私が九州から京都の通販会社に行くと言うと、本気で「大丈夫か?」と言う人もいたほどです。会社に入ってからも商品の仕入れをしていたのですが、いろんなメーカーさんや問屋さんに「商品を仕入れたい。」と連絡しても「カタログ販売?」「何やそれ?」「写真で物を売るなんて聞いたことがない!」とよく断られました。実際、友人や周りの人に通信販売のニッセンって知ってると聞いてもほとんどが、「通販?ニッセン?知らない。」と言う返事。唯一「知ってるよ。」と言ってくれてたのが飲み屋のおかみさんやお姐さんたちでした。当時のニッセンは美容院にカタログを置いていたので、しょっちゅう美容院に行く必要のある飲み屋関係の人たちにのみ知名度があったわけです。それが今やカタログやチラシだけでなく、Eコマース、テレビショッピングなどは当たり前で知らない人はほとんどいません。隔世の感があります。隔世の感と言うと、仕事の仕方も様変わりです。当時は、今のようにパソコンもないしインターネットもスマホも何もない時代でしたので、計画などを立てる時や業績の判断をするのに全部手計算、かろうじて電卓はありましたので、月別商品別の売上計画などを作る際には、電卓片手に一晩は平気で徹夜しないとできないくらいでした。今ならエクセルで10分くらいでしょうか。また、何かの連絡をするには大勢であればその都度、みんなで集合して話を聞かないと伝えられません。今なら、メールで同時配信すれば、何人でも何百人でもあっという間です。また、何かを調べるには、会社にある百科事典や統計資料から探し、なければ図書館や新たにそれがわかる本を購入するなど、手間がかかって仕方ありませんでしたが、今はネットで検索すればあっという間です。最近ではコロナの影響もあり商談や会議さえもリモートで済ませられます。新幹線の所要時間も当時は京都→東京間で3時間弱かかっていたものが今では2時間10分前後です。この40分の短縮は結構大きくて、入社当時に東京に行く際は、午前中が移動だけなので必ず1泊2日で行ってましたが、2時間10分で行けるとその日の午前中に商談ができるので、昼から3軒ほど予定を入れると日帰りができるようになりました。その他、携帯電話が普及して、どこでも連絡が付きますし、新幹線の中でパソコンを開いて仕事をしている人も大勢います。これだけ多くの時間を短縮できるようになって、普通に考えれば当時の仕事は今なら半分か3分の1の時間で充分にできるようになったはずです。では、一人当たりの生産性が当時の倍~3倍になっているか? 多分、そんな実感はないと思います。なぜなら、一番違うのが”要らん仕事が多すぎる”からです。なまじエクセルが使える、依頼すれば資料が出てくる、ネットを見れば大体の欲しい情報が見れる、そうなると、情報も多すぎて細かい分析もできるので情報や機械に振り回されてしまっているように思います。ポイントさえ逃さなければ細かいことは不要なケースは多々見られます。飲み会で店を探そうと昼間に「今日の宴会何人くらい来るの?」と聞かれて、来る可能性のある人にいちいち確認し、その精度まで計算し、「80~100%の人が7人、50~80%の人が2人、それ以下が3人、加重平均すると8.5人です。」と夕方になって返事されても役に立たないと思います。それなら、「今、12人に声かけてますけど、来れない人もいるようなので10人弱だと思います。」と即答した方が役に立ちます。そんな人はいないだろうと思うかもしれませんが、こんなケース、周りを見まわしたら結構あると思いますよ。今、何が大事か、優先順位を付けられない人は、総じて仕事ができない人だと思います。逆に優先順位が付けられることは、仕事のできる人の条件でさえあります。 さて、皆さんも”時の記念日”に昔と比べて自らの時間の使い方が進歩したか、温故知新、一度考えてみるのも良いのではないでしょうか? (あとがき) 時の記念日は、天智天皇が日本で初めて水時計で時を知らせた故事から取ったものですが、制定されたのは1920年(大正9年)です。制定の理由は欧米人から、日本の一般人は時計も持っていないことから「日本人は時の観念が薄い。」と指摘されてのことだそうですが、一般の人への腕時計等の普及は第二次世界大戦後1950年頃を待つことになります。考えてみたら、1920年ころからフランスでは通販があり、カタログには今と変わらない腕時計や懐中時計が売っています。欧米と日本の工業化の歴史はやはり大きく異なるなと実感する次第です。では、次は6月20日あたりの更新です。

27日 5月 2022
マスコミが連日報道しているので、わざわざブログにこんなバカ男のことを書かなくてもいいのですが、2つの点でこの報道に危惧しています。一つは、このアホ男がオンラインカジノに使ったと言った事。日本は、公にはギャンブルは禁止の国です。したがって、大阪や横浜でのカジノ建設に関しては、多くの人の反対を招きました。特に議員の方や、いわゆる良識のある方々の意見で「ギャンブル依存症になる人が出てくる。」「青少年の教育に良くない。」などなど議論百出でしたが、以前にこのブログにも書きましたように、日本には競馬、競艇、競輪等の公営ギャンブルがあり、さらにパチンコと言う紛れもなき賭博場が全国つづうら浦に存在します。その数なんと約9000店。そんな状況ですから、すでにギャンブル依存症になっている人も多数存在しているカジノ大国でなのです。それに比べ、海外のカジノなんてそんな9000店もあるところなんてありません。せいぜい、数か所から多い国で数十か所です。そのギャンブル大国日本で唯一海外よりましなことは、パチンコ屋や公営ギャンブル場は、開いてる時間が決まっており、時間が来たら、それ以上やりたくてもできなくなることです。(海外のカジノはほとんど24時間開催)そんな中、このスカタン男が、4600万円はオンラインカジノに使ったなどと言うものですから、テレビなどでは「オンラインカジノとは?」と詳細に説明し、ほとんどの日本人がオンラインカジノの存在を知りました。 もちろん、オンラインで24時間営業なので、家にいて寝転んでいても24時間好きな時に好きなだけできるカジノが目の前にできたようなものです。市場規模については、なかなか正確な数値がないのですが、現在の日本でのオンラインカジノの売上は7~900億円と言われています。今までは、知る人ぞ知るという存在だったオンラインカジノですが、これほど日の目を見てしまうと、一挙にやる人が増えて、あっという間に実際のカジノを一軒建てたのと同じくらいの金(大阪府の試算で50000億円)が日本から出ていくでしょう。さんざん議論したカジノ論議ですが、今回の鼻くそ男のおかげで、観光客が増え、雇用が促進され、お金が日本に落ちると言ったメリットは一つも享受できず、間違いなくデメリットである、ギャンブル依存症や、破産する人が増えるでしょう。とんでもないことです。もう一点は、このことにマスコミは、どれだけ時間を割いたでしょうか? 最近は、「ウクライナ」「知床遊覧船」「ボケカス男」この3本立てでほとんどの時間を使っている感じで、他に大事なニュースはないのか? 例えば、今般「ミャンマーの軍事政権から士官候補生を受け入れ、防衛大学や航空自衛隊で訓練を受けさせる。」ことなどを政府が決めました。こんな重大で由々しき事態ですが、ほとんどニュースに流れません。ミャンマーの軍事政権など、ロシアよりもひどい仕打ちを民間人に対して行っているにも拘らず、なぜ日本が受け入れて教育を施さないといけないのか? 全く持って理解できません。岸田も岸(防衛大臣)もきちんとした説明をすべきです。逆に弱い立場の民間人抵抗者に支援すべきで、また支援も金銭、食料や武器の供与だけでなく、ウクライナと同様に迫害されて死に瀕している人を難民として受け入れるべきですが、そんなことは全くしていません。弱いものを助けずにその人たちをいじめる軍事政権にいい顔をする、それが日本のとるべき態度か! こんなことなどもマスコミで「令和のお騒がせクソ男」の10分の一でも報道すれば、世論は盛り上がると思いますが、残念ながら、そんな骨太の報道をするところは、見当たりません。本当にしょうもない、不埒な”たわけもの”のおかげで、数千億円ものお金が消えるとともにカジノを建設したと同じデメリットが現れ、知りたいこと、知らないといけないことが国民に知らされない。こんな影響があることを、何度も言って悪いですが、このバカタレはどう考えているのか? 今回のように世間をなめてるような”ヤカラ”が、これから出てこないことを祈るだけです。 (あとがき) ユニセフがテレビでロヒンギャのCMを流していますが、ミャンマーの軍事政権は、このロヒンギャの人たちを大虐殺したり、一定の地域に隔離し、70万人ものロヒンギャがバングラデッシュに避難しています。それに対して、日本政府は何の制裁もせず、ロヒンギャや民間の抵抗勢力を助けようともしません。ウクライナは世間の耳目を集めているので支援するが、国民が知らないところでは何もしないでは、情けない限りですね。正義とは何か? 岸田総理と岸大臣に聞いてみたいですね。 次回は、6月10日前後に更新です。

17日 5月 2022
先月23日に大変悲惨な事故が起こりました。5月17日現在でも12名の方が不明です。また、報道によると事故は起こるべくして起こった人災と言えるようです。私が中国やアジアに行き始めた30数年前は、各国の方には失礼ですが乗り物に乗る時はいつも不安でした。車が途中で故障して止まったり、ハンドル操作を間違ってぶつかりはしないか、船は沈むんじゃないか、飛行機は、この間まで戦闘機を操縦していた兵隊上がりのパイロットも多いと聞き、乗るたびに急上昇急降下で不安に思いました。上海の市内から空港までのリニアモーターカーができて時速300Km で走ると聞いた時にも同行の日本人の中には、絶対事故が起こるから乗らない、という人までいたくらいに安全に対しては不安が付きものでした。それは、単なるイメージでそう思うのではなく、実際に町の中では車がよく事故をしており、また高速道路が壊れて高架が落ちたり、橋が壊れたり、大きな列車の事故もあったり 、乗り物自体だけでなくインフラも含めて現実に事故率が高かったのも事実でした。それは、どこかで”手を抜いている”のが原因で、そのいい加減さがいろんなところで不安にさせていました。その点、日本はどこに行っても何に乗っても手を抜くことがないので、安全で何の心配も要らない、・・・・と思っていましたが、この間の遊覧船の事故を見ると、「日本も変わってしまったな。」と考えを改めざるを得ません。命に係わる危険よりも金儲けを優先する遊覧船社長の考え、それを許してしまう周りのスタッフ、中途半端な検査で通してしまう国の検査方法、どれを見ても”日本らしさ”が一かけらもありません。日本には西洋のように宗教に基づいた道徳教育はありませんが、昔から武士道と言う道徳観を共有し、それが日本人の素晴らしい道徳観を醸成してきたと言えます。だから、「自分だけ良ければ、周りはどうなっても良い。」という間違った個人主義や「金儲けが全て」と言った”さもしい”考えは、それを考えるだけでも不道徳であり、また、正しい事のために命を懸ける覚悟(正義の観念)というものが知らず知らずのうちにバックボーンとして心の中にあったはずです。日本が誇れる美しさとは、野山や海などの自然ではなく、整然とした街並みや美しい料理などでもない、世のため人のために生き、勤勉で、正しいことを整然と遂行する心の在り方だと思います。その美しい日本人の心が失われている証拠が今回の事故のように思います。手抜きをせず、見えないところこそ一生懸命に責任を持って遂行する、そのような日本の良いところが失われつつあるのです。全く持って悲しいことです。しかし、そんなことばかり言ってもこのような事故は減りません。もちろん、今回の社長はじめ、国やその他の関係者のような無責任な人間を無くすために、道徳を教えるのは大事ですので、やらなければならないと思いますが、それまで手をこまねいているだけでなく、やることもありそうです。例えば、事故などが起こる時には必ず兆候があり、1件の重大事故の前には29件の軽微な事故があり、その前には300くらいの”ヒヤリ”としたり”ハッと”したりする、事故にならないが一歩手前の事例が起こると言われています。(ハインリッヒの法則)そして、今の国の管理方法は重大な事故が起こって初めて営業停止等の執行をするわけですが、その前の軽微な事故では注意等で済んでいる例が多いように思います。つまり、大きな事故になって初めて実損が出る。それまでは、損が出ないので「ハイ、ハイ」と言うだけで、お金をかけて事故防止をしなくてもすんでしまう。という事になります。そうではなく、人の命に係わるものやことに対しては、軽微な事故が起こった時に運営者には実損が伴う処置をするなど、軽微な事故でも起こしたら損をするという事を理解させることが大事だと思います。また、国の検査もいい加減なもので、何か不足していても「今度直しといてね。」みたいな感じでその場を済ますなど、有名無実な検査方法も分かってきました。その際にも実損が伴う罰則を強化して、軽微な事故でも検査時の不備でも起これば大損するとなると、軽微な事故も検査の不合格も起こせません。そのためには、ヒヤリやハッとしたときには、何としても軽微な事故にならないようにと工夫や注意が生まれ、またお金をかけても対策を取るはずです。そうなれば、大きな事故につながる可能性が大きく減ってくるのではないでしょうか? もちろん、各業者にとっては痛いことだし、利用者にとっても大きな不便です。しかし、命を救うための我慢であれば、納得するのではないでしょうか? 今回の事故も時間とともに人々の記憶から消えていき、結局何も変わらず、また数年後に違うところで同様の人災事故となって現れたとしたら、今回犠牲になった人は浮かばれません。尊い犠牲を活かすためにも国の検査の仕方、罰則の在り方、そして長い目で見て日本人の道徳心の醸成に取り組んでほしいものです。 (あとがき) 何年か前に知床近辺で7月に船で観光したことがありました。7月と言うのに寒い事、寒い事、長袖でも寒くてぶるぶる震えていたのを思い出します。その時にも救命胴衣はつけていましたが、海に入ったらさぞ冷たいやろうなあ、と思ったものです。その時よりも5月の海は寒いだろうと思います。いまだ不明の方たちが一日でも早く発見されることを祈ります。

10日 5月 2022
写真は、今一番直近に撮ったものです。5月7日です。そして、昨日67歳になりました。おかげさまで至って元気です。タイトルの♪私は今日まで生きてみました♪で始まる吉田拓郎の「今日まで、そして明日から」という歌があります。歌詞は「誰かの力を借りたり、裏切られたり、人をあざけ笑ったり、助けてもらったり、周りに脅かされたり、また人と手を取り合って」今まで生きてきて、これからも同じように生きていくだろう、というものです。若いころは、「人間関係がどうした、とか、しかも今までもこれからも同じことの繰り返し? 面白みのない歌やなあ。」と、あまり気になる歌ではありませんでしたが、今この年になって見てみると、おもしろいもので、「まさにその通りだな。」と思います。これからも誰かに助けられたり、衝突したり、優しくしてもらったり、冷たい仕打ちを受けたり、出会ったり、別れたり、楽しい時や悲しい時を共有したり、結局は人とのふれあいやぶつかり合いの中でしか生きていけないもので、その喜びや苦しみが人生そのものだろうと思います。拓郎の歌は、後半こう続きます。♪私には私の生き方がある、それは自分を知ることから始まる♪しかし、そうは言っても、67年間それなりに生きてきて人間関係を築いてきても自分を知ることは難しいものです。でも、この年になって、ようやく一つ気づいたことがあります。私は、何か大変なことや「しまった!」という事があっても、2~3日くよくよしたら、自分でも不思議ですが、「何で悩んでたんやろ?」とほとんど後を引きません。これは何かと考えていて、ふと分かったのですが、あきらめが早いんですね。苦労して苦労して一つのことに執念燃やしてやり遂げる、そんな事が自分の人生では、あまりありません。上手く行かない事があっても、「しゃあない。」と次のことを考えて、物事に対して執着心が無く意外とあっさり諦めてしまいます。今頃何を言ってるのかと思われるかもしれませんが、「そうか、自分の性格は、そうだったのか!」このことが若いころから分かっていたら、その欠点を補うような策を用いて、仕事も人生も、もっと大成していたのではないだろうか、と大いに悔やんでいます。そう考えると、人間として最も素晴らしい、立派な人とは、「自分のことを知っている。」人だなと思います。自分の良い点も悪い点も知っていたら、その人に能力が無くてもすごいことができるわけです。例えば、カーネギーホールで有名な鉄鋼王カーネギーは、若いころから、自分には人に秀でた能力がない、だけど、自分より優れた人を使う能力に長けている。したがって、いかに人を動かすかに注力し、その結果、ロックフェラーに次ぐ、世界史上二位の大富豪になりました。その墓碑には、「自分より才あるものを集める術を知りたるものここに眠る。」とあるそうです。私も若いころに自分の欠点を知っていたら、今頃ビルゲイツになっていたかも、と思いながら、「いや、待てよ。」逆に、自分はすぐ諦めるということを知っていたら、将来、仕事で成功したり、会社で出世したりなど、初めから無理だと思って、今の人生すら、諦めていたかもしれないから、これで良かったんかも知れないな。などと考えているうちに、結局、平々凡々で特別なことがなかろうが、明日からも今日までと同じように生きていけることが幸せ、と言う結論になりました。拓郎の歌の最後の歌詞そのままです。♪そして今、私は思っています。明日からもこうして生きていくだろうと♪ みなさん、これからもよろしく。 (あとがき) 写真は、2~3か月に一度やっている「佐村杯」という私的なコンペで優勝した際の写真です。やはり飛距離は落ちてきてるし、これから上手くなることもないでしょうから、怪我だけしないように頑張ろうと思います。とか何とか口では言いながら、ドライバーを持ったら振り回して、「くそー!」と気合を入れてゴルフをしています。まだまだ枯れたゴルフはしたくないですね。目標は、85歳くらいになって84以下で周り、エージシュート(年より少ないスコアで回ること)をすることです。がんばります!

28日 4月 2022
この間、いつものように玄関に出てみると、不思議な場所に花が咲いていました。写真のように敷石の割れ目のほんの小さな隙間から、ポツンと可憐な花が咲いているのです。こんな過酷な条件でも生きてる、「生命力ってすごいなあ。」と思いながら眺めていると、ブルーとイエローの花がウクライナの国旗とダブって、私は勝手に”ウクライナ草”と呼んで応援しています。当のウクライナ情勢は、ロシアの進攻後2か月が経っても解決の糸口が見えず、さらに長引く様相です。テレビの評論家か達も年末まで続く可能性があるなどと長期戦を予想しています。勝手に進行してきたロシアに同胞を殺され悲しみの中、敢然と対抗するウクライナ国民を100%支持しますが、とは言えこのまま長引けば犠牲が増えることは確実で、そのほとんどの犠牲はウクライナの市民たちです。それを考えると、停戦をどうやって実現するかを考えなくてはなりません。その際に参考になるのが、1939年から40年にかけて起こった、旧ソ連とフィンランドの”冬戦争”ではないかと思います。今回のウクライナと同様、当時のソ連の理不尽な侵攻から両国の戦争になりましたが、数か月後に講和条約を結びました。国土の10%を失うと言うフィンランドにとって屈辱的な条件でしたが、これにより停戦が実現しました。フィンランドとその国民にとっては認めがたい苦渋の決断だったでしょうが、それにより、フィンランドは現在に至るまで独立を保ち、国家の主権も保っています。翻って、ウクライナですが、現在まで各国の支援はありながらも、それは物資や武器の支援でしかなく、結局戦うのはウクライナ国民、犠牲になるのはウクライナ市民です。アメリカやNATO諸国も口では支援と言いながら、自分たちの手は汚さないようです。そうなると、どこかで何らかの戦争を終えるための手を打たねばなりません。例えば、東部地域の一部をロシアに渡せと言うのは酷なことでしょうが、このまま国が消滅する危機が迫っているとすれば、まずは国家を存続させることを第一に考え、フィンランドのように捲土重来を期すことも選択肢ではないでしょうか? 国土の10~20%に相当する東部の親ロシア地域をロシアに渡す、もしくは50年間租借地としてロシア管理下に置く、などの講和条件にて停戦に持ち込む。そして、それは当事者同士だけでやっていては、恨みや意地など複雑な感情も入るので、第三者が提案することが望ましいと思います。本来それをするのが国連等の機関でしょうが、今の国連など、ほとんど役に立たないお飾りみたいものですので、やはりアメリカ辺りが何らかの講和条件をロシア、ウクライナと秘密裏に交渉することが必要のように思います。ドイツの初代宰相ビスマルクが言うように、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」ことが大事ではないでしょうか? 日本においても例えば、徳川家康などは、信長からの妻子の処分や過酷な援軍要求、また秀吉からの突然の国替えにより祖国を捨てねばならないことなど、何回も理不尽な要求に耐え、最後に天下を取りました。ウクライナも過酷な条件ではありますが、硬い石の間から美しい花を咲かせることもできるので、ここはまず生き延びて次世代に望みを託してみてはどうでしょうか? ウクライナからは、遠い東の果ての島国の何の力もない一市民の願いです。 (あとがき) フィンランドには一度行ったことがありますが、森と湖に囲まれた静かな国です。昔からロシア(ソ連)にいじめられていたことから、日本のことは好感を持って接してくれます。それは、日本という小さな島国が昔、大国ロシアに戦争で勝った(日露戦争)ことを知っているからです。その時の将軍、東郷平八郎はフィンランドで”TOGObeer”として、瓶ビールになっていました。そのラベルには、東郷平八郎の似顔絵があり、その東郷ビールを飲みながら山盛りの茹でたザリガニを食べたことを思い出しますが、今、フィンランドで平和にビールが飲めるのは、過去に国土を侵略されながらもしぶとく生き抜いたからではないでしょうか。ウクライナにも早く平和が訪れて、皆が安心してビールを飲める時が来るのを心より願っています。今回は少し早く更新しました。次回更新は、5月10日ころです。

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・株式会社光陽社 顧問 

・株式会社官民連携事業研究所 顧問

・薫風舎 顧問