18日 1月 2023
私は北九州の八幡と言うところで生まれました。高校まで北九州で大学で大分に行ったので、ニッセンに就職するまでの22年超は、ずっと九州でした。とは言え、九州を出てからすでに45年が過ぎ、九州は「遠い昔の思い出の地」のはずです。ところが最近、実家に一人で住んでる父の顔を見に、月に一度九州に帰ると、必ず10人近くの昔の友達が飲み会を開いてくれます。小学校、中学校、たまに高校、そして時々大学とそれぞれの昔馴染みは、いまだに付き合ってくれています。最近でも集まった連中に「ところで、今日のメンバーは、いつ一緒だった?」と聞くと「お前、いまごろなんちいいよんや。中学(写真の北九州市立中央中学校)に決まっとろうが。」とか言われながら、会うとあっという間に50年以上前の中学生に戻ってしまいます。利害関係もないし、地位が上や下も関係なく、単に昔遊んだ続きを飲み会でやっている感じです。別にみんなが三年間一緒だったわけではなく、それぞれ、どこかで同じ組になったか、同じ組になってなくても同じ小学校とか同じ高校、中には同じ幼稚園まなど様々です。 考えてみると、たった一年かそこらの付き合いで、50年経っても話が尽きないのは、よっぽど中身の濃い付き合いをしたのだと思います。しかし、それは私だけのことではなく、みんな同じ感覚なのです。理由は、このブログでも書きましたが、ジャネーの法則(2021年12月30日付けブログ)と言って、若いころの一年と年を重ねてからの一年では心理的な時間の長さが大きく異なる、つまり、「10代の1年は50代の5倍以上に長く中身の濃い時間と感じている。」からなのです。だから、たった1年やそこらの付き合いだったとしても、その間の経験や成長は年を取っても色濃く心の中に生きているのです。その証拠に13~15歳くらいだった少年少女も還暦を優に越え、世間から見たらオジイちゃん、オバアちゃんですが、顔を見たら50年前の悪童や可愛い少女の面影が残っているので、ほとんどすぐにわかります。中年になってから知り合って仕事で一年同じだったと言っても、そんなに仲良くはなれないでしょう。こんな仲間がいて、「人生本当に良かったなあ。」と思っている時に、ふと今の子供たちはどうなんだろう?と不安になりました。コロナが生活に浸透してからは、人生で一番濃い思い出を作るときにマスク越しで仲間の素顔も見れずに、また修学旅行や体育祭、文化祭などの人が集まることがほとんど中止になりました。この異常な期間は彼ら彼女らの将来に、どんな影響を及ぼすのか? 考えると何か寂しいものを感じてしまいます。社会人になって何十年か後に果たして会おうと思うだろうか、会っても話すことがあるのだろうか、それよりも会って顔は分かるのか? 要らん心配かも知れませんが、この間を小学校から大学まで学びの場で過ごした人達にとっては、経済がどうの、医療ひっ迫がどうの、と言う問題よりもっと大きな禍根を残したように思います。2020年1月16日に日本でのコロナ第一報が出されて、早くも丸三年、不自由な学校生活を強いられた若者たちが、堂々とマスクなしで集まれる日が来ることを願うばかりです。学生諸君、マスク越しでも修学旅行がなくとも50年後に仲間と会えば、「よ~お、元気か。」と時を越えて懐かしい、そして良い思い出がよみがえると思います。 負けるな、少年少女たち! 50年以上前の少年からのせめてものエールです。                           (あとがき) 竹馬(ちくば)の友などと言う表現は、いかにも古い言い方で、我々の子供時代でもすでに竹馬で遊ぶことは無かったですが、何かほのぼのとした幼い仲の良い友達同士を連想させます。ところが、語源は古く、晋(西暦265~420年)の時代にさかのぼり、このいわれは、恒温(かんおん)と殷浩(いんこう)と言う幼馴染がいて、互いにいがみ合い張り合っていた。ある時、殷浩が左遷させられると、恒温は「あいつとは、いつも竹馬に乗って遊んでいたが、いつも俺の捨てた竹馬を拾って乗り回していたくらいだから、俺の方が上になるのは当たり前だ。」とそれがさも当然のごとく言ったそうです。ひどい奴らですね。仲の良い昔の友達を竹馬の友と呼ぶのを、ためらってしまいますね。でも、みなさん、竹馬の友は大事にしてください。これから先、減ることはあっても増えることは無い友達ですから。 今回は少し早く更新しました。次回は30日くらいです。

10日 1月 2023
正月もあっという間に過ぎ去って、いよいよ時の流れがレーザービームになってきました。(2021年12月30日、No139[ジャネーの法則」参照)最近、なぜか正月の特別感が無くなってきているように感じます。テレビもお笑いオールスター的にたくさんのお笑いの人が出るのは、お正月だけでしたが、最近は日常茶飯事になり、珍しくもなんともない顔ぶれが各局を独占しています。また、その中でも「おめでとうござーまーす。」と傘で物を回し、出てきたら正月だなあと感じる曲芸の海老一染之助染太郎(えびいちそめのすけそめたろう)もとうに亡くなって、テレビではますます正月の特別感が失われたように思います。それともう一つ、昔はほとんどの家庭で日の丸を掲げて祝っていましたが、今時、日の丸を掲げている家を見ることはほとんどなくなりました。日の丸を見るのはもっぱらスポーツの世界大会で見るだけになりましたが、その歴史は聖徳太子が隋に使節を送るときに使った”日出る国”以来、いくつか使用例が見られるようです。ある程度決まりとして使われだしたのは、薩摩の島津斉彬らが提唱し1854年に日本の船の印として日の丸を使うように幕府から通達が出されてからです。その後は日の丸を国旗として認識していたものの、実は1999年まで法的に日の丸を国旗として定めては無かったのです。ですから、それまでは日教組や共産党などの人たちは、「日の丸反対!」「君が代反対!」「天皇制反対!」と声高に叫び、学校でも国旗掲揚や国歌斉唱をしないところも多々ありました。それは、戦時中の軍国主義につながる思想だからと言うのが、その理由ですが、当時、同じ国に生きる同胞として、その象徴である国旗や国歌を否定することは無いな、と言うのが実感でした。天皇制もそうですが、昔のように「天皇=神」とは思いませんが、日本と言う国の象徴として国旗や国歌と同じ意味合いでとても重要なものではないかと思います。例えば、ウクライナとロシアの戦争でもそうですし、お隣の韓国と北朝鮮なども同じですが、元々は兄弟みたいな人たちが大国のエゴにより分断されて、今悲惨な状況にあります。もし、第二次世界大戦後に日本が分割統治されたら、岐阜県あたりを境に東日本(日本人民共和国)と西日本(日本民主共和国)と言う二つの国ができ、お互いにいがみ合って、今のような日本の繁栄はなかったと思います。そうならなかったのは、たまたまアメリカ大統領がルーズベルトからトルーマンに変わった(トルーマンはスターリンが大嫌い。)こともあるでしょうが、日本人は天皇を中心とした単一国家として2000年の歴史があるので、強引に東西に分けて天皇制を廃止したら、暴動が続いて戦後の復興の困難さとそのコストが各大国に重くのしかかってくることも考慮されたのではないでしょうか。現にアメリカは天皇制は必要と判断していたようで、戦後復興がに進んだのも天皇制を存続させたことが要因の一つであると思われます。今年、戦後78年目を迎えますが、世の中は行こうと思えば世界中ほとんどのところに行ける科学技術の発展とNETでつながることで瞬時に情報を得ることができるグローバルな世の中になりました。そうなればなるほど、日本人とは何か、日本人としてどうあるべきか、を考えねばならないと思います。その時に日の丸、君が代、天皇制など日本人が自分たちを日本人だなと認識する象徴が重要な役割を果たすように思います。Wカップサッカーやオリンピック、今年はWBCで野球もあります。スポーツの世界では、堂々と日の丸、君が代のために若い人たちが力を結集しています。普段普通に生きる我々も正月くらい、日の丸や君が代、天皇制の存在などを意識して、世界で日本がどうあるべきか、考えてみるのもいいのではないでしょうか?                                  (あとがき) 少々硬くなりましたが、同じ日の丸でも、youtubeで長渕剛の「Clouse Your Eyes」や人間ロケット”桜花”を題材としたユーミンの「春よ来い」などを見ていると涙が出ます。そんな日の丸の背負い方は、これから先絶対にあってはならないですね。そうならないために日の丸、君が代をどう使うか、日本にとって大事な時代だと思います。 次回は20日ころに更新予定です。

30日 12月 2022
昔、宮部みゆきの「魔術はささやく」と言う小説を読んだことがあります。内容は、サブリミナル効果(無意識のうちに相手の脳に情報を刷り込み、自由に行動を操作する。)により、殺人を犯させる、と言ったものでした。例えば、1950年代のアメリカでは、映画の上映時に人間が意識しないくらいの短い時間にコーラの広告を流すと、映画を見た後にコーラが良く売れる、と言うサブリミナル広告が実際にあったそうです。その後、この広告手法は無意識に人を誘導するという事で、世界中で禁止になり現在は使われることは無いようですが、昨今のNETによる情報操作は、サブリミナルよりも質(たち)が悪いと感じます。今年2月に始まったロシアとウクライナの戦争においてもNETによる偽情報が氾濫し、何が正しいのか分からないときがありました。また、中国の台湾への情報操作も勢いが増しているようで、武力による統一をする前に怪情報を流すことで現体制を崩壊させようとしているようです。トランプ大統領が当選した時もロシアからの援護情報がアメリカでは氾濫していたと聞きます。国と国との関係だけでなくNETでは、スティルスマーケティングと言う手法があり、広告とは分からないような形で有名人が商品を推奨しています。このように情報が日常の中で溢れることで、何が正しいのか、本当に分かりにくい世の中になりました。そんな今年の漢字は、私的には「疑」ではないかと思います。NET情報の内容が疑問なだけでなく、オリンピックの権利に群がる企業やそれを賄賂で仲介するフィクサーたちの疑惑が噴出しました。統一教会問題では、次から次へとその関係を疑われる政治家が表面化し、いまだにそれらの疑惑は払しょくされていません。また、大臣の金にまつわる疑惑と統一教会問題により、数か月のうちに4人も退任に追い込まれる異常事態です。そんな内閣は国民の信頼に足りるのか、疑問視せざるを得ません。失われた30年を取り戻さないといけない日本の経済も来年以降どうなるのか、疑問だらけです。そんな中、昨年活躍した大谷選手は今年どうだろうかと言う疑問は、完全に消えましたし、Wカップで死のグループから決勝トーナメントに進出できるのかと言う、多くの国民の疑念はブラボーな活躍で実現できました。さらに三苫の1mmの嫌疑は、VARにより完全にクリアになりました。ついつい、為政者の言葉は半信半疑で聞き、国の将来は疑心暗鬼、そんな愚痴ばかり言ってては、何も良くなりません。いろいろあった2022年ですが、まあ何とか元気に大みそかから元旦を迎えられるというのは、それだけで幸せというしかないですね。という事で今年を締めたいと思います。猪木さんのご冥福を祈りながら、みなさん「元気ですかー!」「元気があれば何でもできる!」「バカヤロー!」「1,2,3,ダーッ!」来年もよろしく。                 (あとがき) 今年の4月に母が亡くなり、「あけましておめでとう」とは言えないお正月を迎えます。遺影には生前からの母の希望で70歳前後の時の写真を使っており、いつ見ても、そのころのまだ若く生き生きした母を思い出し寂しさも消えてしまいます。私も今のうちに遺影に使う写真を探しておこうと思いましたが、100歳くらいまで生きたら、60代の写真では、「あれ誰?」となるかも知れないので、やっぱり、もう少し先に延ばします。では、来年は10日前後に初更新の予定です。今年もごく少ない?愛読者のみなさん、ありがとうございました。

20日 12月 2022
まず、一言。私は「増税大賛成!」です。唐突ですが、政府が16日に発表した新たな”防衛三文書”で今までの、他国から攻撃されても何もせず、アメリカに反撃は頼るという、いわゆる「日本は盾に専従しアメリカが矛の役目を果たす。」と言う考えから、いざ攻撃をされた場合、日本も反撃できるように方針を転換しました。そのために必要な防衛費(23年から5年間で43兆円、今までの1.5倍規模)をねん出するために増税をすることに対して、さっそく反対を唱える人たちも出てきましたが、私は今回の方針にも増税にも賛成です。確かに国民の負担は大きくなりますが、国を守るためには自分たちでその費用を出すのは当然で、反対の人たちは誰に守ってもらおうと考え、その費用は誰に出してもらおうと言うのか。例えば、自分の家の周りに塀を作ったり、ドアにカギをつけたり、中にはセコムなどで防犯対策をしたりと普通誰もが自己防衛をする場合、その費用は自分で払うのが当然です。面白いもので家に「セコム」の紙を貼ってたり、カギが一つのドアに複数あるだけで、ドロボーは敬遠し、防犯上大きな効果を発揮するそうです。国も同じで、あの国は攻めても反撃もしないし、そもそも武器もないなら、攻める方は極めて簡単に攻め込めます。家に塀や柵もなくドアに鍵もない状態でドロボーに入られました、と言われてもそもそもちゃんと防犯対策をしないことが問題で、国も同じです。ただ、反撃ができると言っても専守防衛をやめた訳ではなく、あくまでも専守、どうしても必要な場合のみ”伝家の宝刀”を抜く。周りから見たら、「ちょっかい出したら、こちらもケガすることは免れないので攻めるのは慎重にならざるを得ないな。」となるはずです。例えば、日本の潜水艦技術は世界トップクラスだそうですので、潜水艦に敵基地を攻撃できるミサイルを積んで、その潜水艦がどこにいるか分からないという状態にすれば、敵はうかつに仕掛けられなくなります。そういう”伝家の宝刀”を作り技術を磨くのであれば国債のような一過性の資金調達ではなく、継続的な税で賄った方がいいと思います。このように書くと共産党の人たちのように「戦争国家作りは許されない。」などと言う人もいようかと思いますが、私などは戦争大反対で何事も軍事優先の軍事国家を作れ、などとは全く考えていません。戦争反対だからこそ、まずは外交で努力をすることが優先ですが、外交と言うのはうまく行くときばかりではありません。歴史を見れば外交が行き詰まることが多い、その時のためには磨き澄まされた”伝家の宝刀”を持ち、いざとなったら抜くぞ‥‥。と言う覚悟を示すことが重要なのではないでしょうか。皆さん、どう思いますか?                 (あとがき)          増税賛成と言っても中身は、法人税とかたばこ税とか復興支援の税を防衛費に回すとかです。という事は、実際に一番痛みを感じるのは、全国民の20%弱いる喫煙者の方ではないでしょうか? タバコ代が上がるだけでなく、吸う場所も減っていき、ますます大変になります。お気の毒様です。私も37年前にやめましたが、ピークは一日5箱(100本)吸っていましたので、今の値段にすると570円×5箱=2850円が一日にかかります。一月では85500円、年間で104万円(ひどい!)さらに増税で1本当たり3円上がると、年間約115万円! 私の年金の約半分です。本当にタバコやめててよかった・・・・・・・・。全国の喫煙者に感謝(?)しながら今年のこのブログもあと一回、次回の更新は年末になります。        

11日 12月 2022
先週は、ワールドカップ日本代表の活躍でずいぶん楽しませてもらいました。クロアチア戦は残念でしたが、日本サッカーも強くなったなあ、と驚きました。サッカーに限らずスポーツ全般、また仕事の成果や人生そのものにも”勝ち組””負け組”があります。勝つチーム(人)に対する周りの感想は「あそこは最後には勝つよなあ。」「やっぱり強かったね。」「しぶといねえ。」などではないでしょうか。逆に負けるチーム(人)に感じるのは、「いいとこまで行ったのに。」「何か勝ちきれないねえ。」「やっぱり最後は負けたな。」と言うような愚痴にも似たもののように思います。では、勝ち組と負け組の違いは何でしょうか? そのことを探るためにアメリカのセリグマンと言う学者が実験をしました。まずランダムに2つのグループに分け、それぞれ別の部屋に入ってもらいます。そして、両方に極めて不快な騒音を流します。Aの部屋はいろいろ試すと、騒音を消すことができるのですが、Bの部屋は何をしても騒音を止められないようにしています。何回か繰り返したのちに今度は両方とも騒音を消すことができる部屋に入ってもらったのですが、結果はAの部屋のグループは、もちろん騒音をすぐに消してしまいました。ところがBの部屋のグループは、誰も騒音を止めようとしません。じっと我慢するだけです。これは「学習性無力感」といい、「どうせ、やってもダメだから。」とか「自分たちには止められない。」と経験の中からできないことを学習しているので、それ以上の努力をしなくなるからです。これが負け組の本質で、能力だけで勝ち負けが決まるのではないようです。 つまり勝つ味を知っているグループは、成功できるはずなので、「どうしたら勝てるか。」から思考が始まりますが、勝つ味を知らない負けてばかりのグループは、「どうせまた、できるはずがない。」と思いながら勝負に向かいます。これでは、力量が同じであっても勝ち負けは最初から明白です。ビジネスにおいても勝ち組負け組は結構見られます。あの部署はいつも計画を達成するなあ、あの人は必ず上位に顔を出す、という事がある反面、あの部署はいつも成績が低迷している、なかなかマイナスから抜け出せない、という事も多々ありました。そんな時に大事なのは、まずリーダーが勝てると信じること、そして小さな勝ちを拾っていく、何かと言うと年間計画を達成するなどと言う大きな勝ちばかりを言うのではなく、月ごと、週ごと、日ごとの小さな成果をみんなで共有して、ちいさな「やったね!」を数多く経験していく、そうすると人間って”ノッテくる”ので思わぬ力を発揮したりします。 何かで勝ちたいと苦しんでいる人は、ぜひやってみてください。野球やサッカーに相撲、その他のスポーツでもなんでもそうですが、自分たちが負けるはずがないと思っているチーム同士が戦うのが面白いのであって、相手にはかなわないと思っているチームの試合など見てる方は全然面白くないですね。仕事やプラーベートなことでも「よし、やってやろう!」と頑張っている人は応援したいですが、「初めから無理」と諦めている人は、周りからのサポートもなく、どんどん悪い方に行くように思います。人生「ネバーギブアップ!」です。サッカー日本代表の試合は終わりましたが、相手が格上だろうが優勝経験国だろうが、自分たちは負けるはずがない、と思い続けることができれば、4年後は今から楽しみですね。私たちもサッカー日本代表に負けないように頑張りましょう!                (あとがき) 偉そうに勝ち組負け組などと書きましたが、私も初めから無理!と思う事が多々あります。例えば、私はゴルフでバンカーが極度に苦手でバンカーに入った途端に「あ~あ無理!」と諦めてしまいます。ゴルフを知らない人には分からないと思いますが、昨日もゴルフに行き、調子が良かったのですが最終ホールで難しいバンカーがあり、そこだけは入ったらダメと思い打ったら、ズドンと入り目玉のように埋まっています。頭の中で「あ~あダメ、無理」と思うと、出そうという工夫なんか、どっかに吹っ飛んでバタンバタンと打ち続け、結局ギブアップ。うまく行かないもんですね。私はゴルフでは完全な負け組のようですので、小さなことからコツコツと頑張りたいと思います。では、次回は20日前後に更新します。

30日 11月 2022
サッカーファンの方には申し訳ないですが、私はほとんどサッカーの試合を見ません。大の大人が一つのボールに群がってる割には、なかなか点が入らず、点が入ったら相手の気持ちなど構わず異様なまでに喜ぶ。そして、もっとも嫌いなのが、ちょっと相手の体や足が触ったら、大げさに痛がってファウルをもらおうとする姿勢。どうなんですかねえ。子供のころから痛くても我慢しなさい、泣いたらダメと教えられたのに大人があんなに痛がったらいけません。男ならぐっと我慢して、相手に対しても「心配ご無用!」とキリっとした顔で応える。また、痛くもないのに痛がるなどと言う卑怯な行いは、武士道の精神からすると、それこそアウト、レッドカードで一発退場です。したがって、日本チームだけでも、審判がファウルの判定をしたら、これしきのこと「ファウルではござらぬ!」と自ら否定する姿勢が欲しいね、などと飲みながら周りに言ってる私ですが、たかがサッカー、されどW杯!やっぱり、日本チームの行方が気になり、しっかり見ています。結果は、ご存じの通り、歓喜の渦から一転して冷たい落胆の底にたたきつけられています。前回、11月20日にこのブログで「勝てば官軍」と言いましたが、スポーツの世界もまさに勝てば”官軍負ければ賊軍”で、勝った時のマスコミの称賛の仕方と負けた後の批判の中には、同じチームに言ってるとは思えないように手のひらを返した態度が見られました。自分たちの代表なのだから、何があっても信じて応援するのが送り出す側の姿勢だと思いませんか? 信じてやることで彼らも力を発揮するというものです。社会全般にも言えますが、抜擢した人や自分たちが選んだ人たちは周りが理解してあげて、ある程度は我慢してやることが必要です。一回や二回の失敗でダメだとレッテルを張るのではなく、結果よりも、やってること自身が間違いでなければ必ず結果はついてきます、森保ジャパンも昨年のW杯予選では、3試合目まで一勝もできず、監督が悪い、更迭だ、と批判が続出しました。しかし、関係者は「やってることは間違いではない。」と我慢した結果W杯に出場できて、頑張っています。だから、国を運営する政治家たち、その代表の岸田内閣も彼らのやることを信じて行けば・・・・・・・・、ちょっと待てよ。これは一回や二回の失敗ではないなあ。と言うか、何かをやって失敗したのではなく、何もやらないことが問題ですね。問題意識はあるのでしょうが、そのための解決策を出さない、かろうじて出たら実行をしない。周りの顔色をうかがいながら自分の首が飛ばないことを第一に考えて、国家の成長戦略や有事の対応など、全てが後手に回っている感があります。W杯サッカー代表は、ほとんどサッカーを知らない私のような人間にも感動を味合わせてくれました。政治にも感動があっていいと思います。たかがサッカーでもこれだけ国民を勇気づけて、国中が盛り上げるのですから、毎年100兆円以上の国家予算を使う各省庁や団体は、そんな喜びの100分の1でも国民が日々の生活で感じることができるように努力してほしいですね。頑張れニッポンサッカー! 本当に頑張れ日本の政治! (あとがき) 今日は11月30日、スペイン戦の前に書いています。どうなるのですかねえ? まあ、勝ち負けだけでなく、考えたら4年前は世界中の人たちがロシアに集まり、参加国ロシアに対して惜しみない声援を送っていました。今はどうでしょうか、世界が分断されてロシアに声援を送る人などいません。W杯でもFIFAはロシアの参加を認めず、最終の予選プレーオフに参加できませんでした。ウクライナなどの気持ちはわかるけど、スポーツの世界だけでも交流を続けて紛争解決の糸口にしてもらいたかったですね。ひょっとしてロシアが出てたら「W杯停戦」で少なくとも開催期間は停戦が実現したかもしれません。 次回は12月10日ころです。

20日 11月 2022
先日、久しぶりにレンタルビデオ屋さんに行きました。家でアマゾンプライムなどを見てると、わざわざ借りに行く必要もなく、考えたら3年ぶりの訪問でした。特に面白そうなものもなく適当に借りて帰ったのですが、その内の一枚は「峠 最後のサムライ」と言うタイトルで幕末の越後の小藩である長岡藩の家老、河井継之助が薩長の官軍といかに戦ったかを映画にしたものでした。この映画だけでなく、その前に見た「燃えよ剣」という新選組の土方歳三を主人公にした映画も同じですが、それぞれ主人公が幕府側の人間ですので、滅びゆく徳川幕府から見ると官軍の横暴さやそこまでやらないといけなかったのか、という容赦のなさが目につき、どちらに”義”があったのだろうかと疑問を抱いてしまいます。私達が生まれてから、ずっと長い間教えられてきたのは、明治維新により日本の近代化が進み、欧米列国と肩を並べることができたので、維新の推進者たち(薩長などの志士)は、正しくて、旧態依然として改革をなさなかった旧幕府側は国にとって弊害であり、敗れて当然だ。と言うことであったように思います。例えば、幕末の主人公と言うと西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允、坂本龍馬、高杉晋作・・・・と維新側では、たくさんの英雄が出てきますが、幕府側では、せいぜい勝海舟くらいしか出てきません。それは、写真の「錦の御旗」を掲げて戦った官軍が薩長を中心とした維新軍で官軍に対する賊軍が幕府側だったせいもあると思います。つまり、天皇を象徴とした現国家体制の基礎を作ったのが明治の維新軍だったので、そちらを正しいとせざるを得なかったのでしょう。徳川家康などの評価についても戦前は、「狸おやじ」「腹黒い」などと決して評価は高くなかったようです。何が言いたいかと言うと、「勝てば官軍、負ければ賊軍」と言う基本ルールで歴史は創作されている、という事なのです。常に勝った側から歴史を編纂するので、負けた側が悪者になるのです。維新の志士たちは英傑ぞろいだが、徳川幕府の官吏たちは無能で外国に対しておろおろするだけ、そのトップの徳川慶喜は「軟弱であり、戦わずして政権を放り出した無責任な人間」と、まあ、こんな感じで明治政府はキャンペーンをしていたようです。しかし、当時の日本を取り巻く外国との関係は、ペリー来航のアメリカだけでなく、薩摩側にはイギリスが、幕府側にはフランスが付き、さらには日本と古い付き合いのオランダ、それからロシアも1861年には対馬を占拠し、虎視眈々と日本を自分の領土にしようと狙っていました。もし、徳川慶喜がフランスと組んで最後まで戦う姿勢を貫いたら、日本は東西に割れて別の国になったかもしれませんし、また、そのどさくさに紛れてロシアが北海道辺りを自分の領土にしたかもしれません。そうならなかったのは、慶喜の英断と言えるのではないでしょうか? そう考えると西郷よりも大久保よりも竜馬よりも慶喜の方が日本にとって重要な役割を果たしたのかも知れません。また、当時幕府勘定奉行だった小栗上野介は、アメリカ視察の後、日本で最初の造船所を作り、近代化がいかに大事かを説いていました。ちょんまげ時代からたった37年しか経っていないのに日本がロシアに勝ったのは、この造船所があったからだと言われています。それだけ旧幕府側にも優秀な人間がいたという事なのです。歴史の中で勝った方だけに正義があり優秀で、負けた方には正義はなく、凡人ぞろいなどという事は無いはずです。どちらにも正義があり、その時々に全力で戦ったが、ほんの少しの運や力の差で勝敗が決まり、そのとたんに100対0の評価になってしまう、と言うのが事実だと思います。そう考えると、たまには歴史だけでなく通説とか常識と言われることを疑ってみるのも面白いのではないでしょうか。 (あとがき) 文中出てきた小栗上野介は、明治維新と同時に維新軍に無実の罪を着せられて処刑されてしまいます。しかし、日露戦争後に日本海海戦を制した東郷平八郎は、「勝ったのは小栗殿が作られた横須賀造船所があったからである。」と、賊軍の代表である小栗の子孫に対して、「仁、義、礼、智、信」と言う書をしたためて記念に贈り、心からの感謝を表したそうです。また、造船所を作るときに幕府の財政はひっ迫しており、大反対がありました。それを目の前にして小栗は、「幕府の運命に限りがあっても日本の運命に限りは無い!」と言って周りを説き伏せたそうです。そんな人が賊軍のわけがないですよね。惜しいですね。 では、次回は11月末頃に更新します。

10日 11月 2022
皆さん、「確証バイアス」と言う言葉をご存じでしょうか? 物事を考える際にいろんな情報があっても、自分の都合の良い情報だけ集めてしまう事を言います。その結果、大事な判断する際に誤った結論を導いてしまうことになります。ギャンブルで良くありますが、「そろそろ自分の当たりが来る頃だ。」と、何の根拠もないのに同じ目に賭け続け負けが大きくなってしまうことや、あの人は血液型がA型で几帳面だからミスしないだろう、なども何の根拠もない情報です。その程度なら笑って済ませますが、会社などで何かの判断をする際にも”上手く行く”と言う情報だけを頭の中で集めてしまい、後から考えると失敗する情報の方が多くあったのに判断を誤ってしまう、という事もよくあります。さて、お隣の中国では習近平が過去の規定を破り、三期目の体制を固めました。その中国共産党の基本方針は中国統一です。つまり第二次大戦後の蒋介石率いる国民党と毛沢東の共産党の戦いの後、敗北した蒋介石が台湾島に移り、自分たちに中国の主権があると主張しました。もちろん共産党は認めません。それ以来、共産党では台湾は自分たちの領土であると言い続け今日に至っています。そうは言っても20年ほど前までは中国本土はまだまだ貧しい国で台湾の方が先進国として発達していましたので、なかなか手を出せませんでしたが、この20年くらいで著しい成長を果たした中国本土(共産党政府)は、今回の習近平三期目突入で本気で台湾を手に入れようとするでしょう。「そんなことはない、いくら中国でも武力で台湾に攻撃をかけることは無いだろう。」さらに「尖閣は日本の領土だから、まさか中国が武力で奪うなんて考えられない。」「もし、何かあれば、今まで日本は大きな費用も負担してるのだからアメリカが助けてくれる。」と考えているなら、まさに”確証バイアス”がかかって正常な判断ができていない。と認識すべきです。中国では、台湾も尖閣も本気で自分たちの領土と思っているので、奪うのではなく、正常な状態に取り戻す。つまり、「今、台湾が独立していることや尖閣が日本の領土になっていることがおかしい。」のですから何の躊躇もなく襲い掛かってくると覚悟せねばなりません。尖閣だけでなく、地図を見てもらうと分かるように与那国や西表、さらに石垣あたりまで占領され、米軍の基地がある沖縄には砲弾が降ってくるでしょう。その時にアメリカが本気で自分たちの国を守るような必死さで日本を応援するでしょうか? 自国の若者が遠いアジアの島国のために命を落とすことをアメリカ人は、容認するでしょうか? 今、ロシアのような強権国家でさえ、ウクライナに行くことを拒んでいる人が多いと聞きます。民主主義国家であり、特に”アメリカファースト”(自国第一主義)などと言うトランプのような人間が半分いる国で積極的に日本を助けるなんて考える方が間違っています。だから、中国は尖閣を武力で取り戻そうとする!アメリカは助けない!ことを前提に今すぐに備えをしないといけません。ところが、防衛費はその7割が自衛隊の人件費や建物等の設備の維持費に使われて、武器や戦力となる装備には防衛費の2割くらいしか回らない、しかも海外から買うとすれば円安で充分に買えない。実際に弾薬等は全てが使えるのかどうかも分からない状態で、何日持つのか、限りなく頼りない防衛体制です。こんな時にリーダーは、あっちにフラフラ、こっちにフラフラとおのれの地位や立場、支持率だけを気にするのではなく、大衆から大反対が起きても「国家百年の計を考え、増税してでも有事に備える!」くらいのことを言ってほしいものです。国を守るためには、我々国民も負担するのは当たり前のことです。確証バイアスのかかった判断は、ほとんどが大失敗として自分たちに跳ね返ってきます。”転ばぬ先の杖”もタダでは買えないのです。国も国民もリーダーも”覚悟”することが大事です。 (あとがき) この間、韓国の友人(昔の部下)が3年ぶりに日本に来ました。子供さんは日本にいるので一緒に会食をしたのですが、その時昔話に花が咲き、友人と昔、中国で軍用の小銃で射撃をしたことを思い出し、彼が軍隊経験があるので銃の扱いが上手かったと言うと、息子の方からは、「韓国の男性はほとんど軍隊に言ってるので銃を分解して組み立てたり、銃の照準を合わせたりするのは、当たり前のことです。だから、いざと言う時は皆が兵隊になれます。」と言ってました。それに比べ、「日本は・・・・・弱いなあ。」と感じざるを得ませんでした。次回は20日前後に更新します。

30日 10月 2022
永年生きてると、何回も「覚悟」しなくてはならない場面に遭遇します。仕事で責任ある立場になったとき、うまく行かずに負けを覚悟するとき、自分の力の限界を悟るとき、親の死を覚悟するとき等々。では「覚悟」とはいったい何なのでしょうか? 辞書を引くと「悟ること。」「悪い事の予測をして準備すること。」などと書かれていますが、もっと端的に表すとすれば、「覚悟」=「逃げない。」ことではないかと思います。その立場や責任、苦しみから一歩も引かず、真っ向から向き合うこと、それができるかどうかが覚悟があるかないかの差だと思います。先日来、「記憶にない。」などとのらりくらり質問をかわしていた某大臣など全く持って「覚悟」のカケラもありませんでした。あんな答弁で問題から逃れられると思っていたのでしょうが、誰が見ても問題は一つも解決せずに、いずれ全て自分に跳ね返ってくることは明白でした。その事を今まで放っておいた岸田首相も”人の意見を聞く”だけでなく、自分はこうする!と言う一国のトップとしての覚悟をせねばならないときかもしれません。覚悟については、過去の仕事においても経験しましたが、何か問題が起こると発覚を恐れ、自分の中で処理をしようと、ひた隠しにする人がいました。その間に解決する問題であれば、まあ良しとは言わないが、ぎりぎり許せるでしょうが。しかし、絶対に自分では解決できないことも上司や周りに言わずに隠してしまう、隠しているうちにさらに問題が大きくなって余計に言えなくなる。3か月後には決算で分かることであっても、ひたすら隠す、まるで今日一日分からなかったら明日には地球最後の日が来て、全てが消えてしまう事を信じているように刹那的です。周りから見ると「なぜ?」と思うのですが、本人は現実から逃避してしまっているのでしょう、後から「何で問題が起こった時に言わなかったのか?」と聞いても「すみませんでした。」の一点張り。責任者としての「覚悟」がない人をその役職に任命したことが悪いのかと反省をしたことがありました。そんな人いるのか、と思うかもしれませんが結構いるのです。それを減らすためには、例えば企業では、課長とかの役職に就くと「考課者訓練」等の実務を教えることはよくやりますが、「覚悟」を教える道徳みたいなことも必要だったかな。と今になって思います。先日亡くなった稲盛和夫さんは、成功のためには、「考え方」×「熱意」×「能力」が必要と説いてますが、考え方の中には”覚悟”もあると思います。そして、自身でも第二電電をやるときに「動機善なりや、私心なかりしか。」と半年間自問自答し自分がお金持ちになりたいとか有名になりたいと言う利己的なものではなく、社会のために自分がやらねば、と覚悟を決めて取り組んだそうです。そして、覚悟をしたからには「逃げない!」成功するまで「一歩も引かない。」そんな気持ちで今までやってきたんだと述べてます。発足当時は、大きなインフラもない京セラが、うまく行くはずがないと世間から言われていましたが、今ではNTTドコモに対抗する一大勢力として大成功しています。そんなすごい人ではなくても、また何かの責任者でない普通の人であっても、生きていくだけでも、「生きる覚悟」が要るように思います。周りに迷惑をかけない覚悟、弱者を見捨てない覚悟、正しいことをする覚悟、なかなか難しいですが、これからも死ぬまで生きて(当たり前?)逃げずにやれることをやって行こうと思います。皆さんも覚悟して生き抜いていきましょう。 (あとがき) 文中に出た稲盛さんですが、JALの再生を決意したのは78歳の時でした。それと比べると、私など10歳以上も若いのに半分隠居のような生活をしていて、ちょっと恥ずかしくなりますね。やっぱり、すごい人はすごい! それでは、次回は11月10日前後に更新します。

20日 10月 2022
アメリカの実業家、サミュエル・ウルマンと言う人が、「青春」と言う詩を作りました。「青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ。」と言う内容です。若いころ、ずいぶん年配の人がこの詩を教えてくれて、「年寄りが無駄な抵抗して、何言うてるんや。」と思ったものです。ところが、最近自分がその年齢になってくると、ついつい、その言葉を言いたくなってきます。先日も、今年は早めにインフルエンザのワクチン打っとこうと病院で予約すると、事前の問診票に”高齢者インフルエンザ予防接種”と書いてるのです。確かに65歳をとうに過ぎて、老齢年金ももらってるし、行きつけの散髪屋では”シルバーカード”で割安になって、NETで株を売買するときも手数料は”シルバー割引”。見渡せば、周りから「お前は老人!」「年寄り」「おじいちゃん」といろんなところで言われると、まだ若いと思っていても、ついつい「俺も年取ったんやなあ。」と納得してしまいそうになります。しかし、そんなこと「勝手に決めるな!」 冒頭の詩で言うと”心の様相”で青春かどうかが決まる訳ですから、年齢だけで人から年寄り扱いされるのは、まっぴらごめん、です。お酒を飲んでても「もう年なんやから、このくらいにしといたら。」とか、ちょっと無理したら「年齢も年齢だから無理できないよね。」とか、寝ずに遊んでたら、「年の割には元気やねえ。」などと、体を心配してのことでしょうが、大きなお世話です。私の心の在り方、つまり本当の老人かどうかの境界は、「好きなことをしようと思わなくなった時」が老人で、まだまだ好きなこと、楽しいことを夢中になって求めている間は、”青春”真っただ中ではないかと思っています。と言うか、人生とは?と聞かれると一言でいうなら、「楽しいことを追い求め続けること。」ではないかとさえ思います。子供のころ私は、学校から帰るとカバンを放り投げて遊びに行ったまま、暗くなるまで帰らなかったそうです。今でも同じで、楽しい事は時間を忘れてずっとやってますし、それが終わると次の楽しみを探して次から次へ予定を作り、今度はいつ旅行に行く、いつ飲みに行く、いつゴルフに行く、いつ誰々に会う等々。もういくつ寝るとお正月、の延長でこれから先の楽しみをいっぱい作りたいと願っています。今でこそ、仕事は少ないですが、昔は仕事の中でも、どうやって成功させよう、こうしたら良くなる、と考えながら結果を待つ、それは立派な楽しみの一つでした。仕事だろうが遊びだろうが人との交流だろうが、山ほどの楽しみをこれからも味わいたい、そう思っている間は、やはり”青春”だと思います。「もう何も楽しみはない。」「やりたいことなんかないねえ。」などと言う人は年が若くても老人です。人生死ぬまで”楽しいことを探す旅”ではないでしょうか。まだまだ、楽しいことは山ほどありますし、これからの方が今までの人生より楽しいことが多いかもしれないと思うほどです。私は「人生でいつが一番良かったですか?」と聞かれたら、「今が一番」と答えています。みなさんはどうですか? (あとがき) こんなことを若い人に言ったら、「あの年寄りのじいさん、何寝言言ってるんだろう。」と呆れられるかもしれませんね。 「バカもん、年寄り扱いするな!」 という事で次回は30日前後に更新します。 書いた後に、何かこんなこと書いたよなあ、と改めて読み返すと2018年10月10日No.23で「今年60のおじいさん」と言うタイトルで、同じようなことを語っていました。今から書き直すのも面倒なので、今回はこのまま行きます。「面倒だから書き直さない」などと言うのは、やっぱり年寄りなのかな?すみません。

さらに表示する

サイトメニュー

・ホーム

・ 事業内容

・ 代表者略歴

・お問い合わせ

・ブログ(勝手に一言)

・リーダーの皆さんへ

・若い人たちへ

株式会社SSプランニング

メール:samura@ss3648plan.com

2021年3月現在の関係先企業

・株式会社ファーマフーズ

(東証プライム)取締役

・株式会社ファーマフーズ 通販顧問

・株式会社アクトプロ 顧問

・株式会社光陽社 顧問 

・株式会社官民連携事業研究所 顧問

・薫風舎 顧問