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今回も戦後80年にあたり、先の大戦にまつわる”いい話”を書きたいと思います。
前回の石原莞爾の時にも少し触れましたが、戦争が終わった後の日本は「悪いのは日本だ、日本の軍人が悪い。」と言う風潮がまかり通っており、仮にそれが素晴らしい行動であったとしても、軍人であると言うだけで抹殺されていました。
今回の話もその一つです。時は1942年3月、インドネシア、スラバヤ沖で日本軍とイギリス軍の海戦があり、イギリス海軍の戦艦数隻が日本軍によって撃沈されました。そのような戦いは世界中のあちこちであったことでしょうが、この後に起こったことこそ、”これぞ日本武士道”と言える出来事だと思います。撃沈された英艦エンカウンターの乗員たちは、多くの人たちが海に放り出されてしまいます。乗員それぞれが、手に手に木材や漂流物にしがみつきながら、救援を待っていますが、あたり一面流れ出した重油によって油まみれ、サメの恐怖や敵軍艦との遭遇などの不安で疲労困ぱいです。隊員の中には、悲観して自殺するものも出る状況。そんな絶望的な漂流を続け21時間が経った頃、目の前に現れた船は敵国日本軍のものでした。ほとんどの英兵は、日本軍の艦上からの機銃掃射で全員死ぬと覚悟しました。その船は、駆逐艦「雷(いかづち)」で艦長は、工藤俊作少佐。そのころ、雷船内では、見張りからの報告で「浮遊物は漂流中の敵らしい。」との報告が工藤艦長に上がってきました。海戦で勝ったとはいえ、まだまだ、そのあたりには米潜水艦などの出没もあり、雷自身も長居は危険な状況です。その時、工藤艦長は「全員、助けるべし!」と命令します。全員と言うが、見たところ400名以上は漂流しており、雷の乗組員は120名あまり、「それは無理だ。」との反論にも工藤は断乎助けよ、と指示します。漂流者に近づきロープを投げても体力のない者は、ロープも握れません。それを見た雷の乗員たちは、各々海に飛び込み英兵の体を支えて、収容します。ほとんどの人を収容しても遠くに漂流者がいると、「一人残らず収容せよ。」との厳命で、またそこまで近づき、結局、424名全員を救助します。その後、艦上にて英兵の体に付いた油を洗い流し、服や履物、飲み物や食べ物を与えます。そして、艦上にいた全英兵の前に工藤艦長が進み出てきます。この段階でも、まだ何か危害を加えられるのではないか、と思っていた英兵たちに耳を疑うような言葉が入ってきます。それは、工藤艦長が端正な敬礼の後に、流ちょうな英語で「貴官たちは、誠に勇敢に戦った。本日は、貴官たちは日本帝国海軍の名誉あるゲストである。」と言ったのです。英兵たちは、感激して涙を流しました。その後、全員を日本軍が接収していたオランダの病院船に捕虜として引き渡しました。
このようなことは、世界の軍史の中でも極めて稀なことだそうです。しかし日本の武士道には。昔から「勝って驕らず、敵に対しても礼をもって接し、仁義を尽くす。」ことが当たり前のこととして根付いています。日本海海戦の後の東郷平八郎も敵兵の救助を命じ、敵将に対する態度も礼を尽くしていますし、乃木希典の水師営の会見後の写真なども敵の名誉を一番に考えた配慮でした。
工藤艦長は、戦後、このことについてはほとんど語らず、毎日、戦死した部下や同僚の冥福を祈りながら1979年に78歳で亡くなりました。その後、この話もいつの間にか人々から忘れられた物語になっていましたが、この時助けられた英兵の中に外交官として各国の大使などを歴任したサミエル・フォール卿と言う人がいて「死ぬまでに一度、工藤艦長にお礼を言いたい。」と工藤艦長の消息を探していました。結局、生きている間には会えず、2008年にお墓に参ることができるのですが、そのフォール卿が1987年、米海軍の機関誌に「武士道」といテーマで雷と工藤艦長のことを書くとアメリカでも賞賛されることとなります。また、1998年5月、天皇陛下がイギリス訪問をする直前、英タイム誌にこの事を書き、「友軍以上の丁寧な歓待を受けた。」と書くと、日本軍に虐待されたなどと言う批判を大きく中和させたとのことです。日本でも2006年に恵隆之介氏による「敵兵を救助せよ」という本や2007年にテレビ番組で、雷と工藤艦長のことが放送され、初めて日本人に知れ渡ることになりました。
なぜ、このような素晴らしい日本人がいたことを我々は知らないのでしょうか?この工藤艦長の素晴らしい人道的な判断や樋口季一郎の三度の奇跡、さらに杉原千畝の命のビザなど戦争中に起こった”善い行い”は、戦後の為政者やマスコミが「日本は悪い。」ことを印象付けるためにGHQなどと共謀して闇に葬った事例だと私は思っています。(事実かどうかは分かりませんが、なぜ、素晴らしい日本人がいたことを、あえて隠さないといけなかったのか?大きな力が働いたとしか思えません。)戦後80年、いろんなことが検証されるでしょうが、単に反省ばかりではなく、是々非々で真実を追及し、正しく歴史を残してもらいたいと思います。
(あとがき)
このような素晴らしいことをした人に共通して言えるのは、それが”素晴らしいこと”とは、思っていないことです。つまり、周りから見れば、なかなかできないことですが、ご本人たちは異口同音に「当たり前のことをしたまで」と何ら特別視していません。「正しいことをせよ。」と教えられて、「正しいことをしただけ。」そのことがいかにすごい事か、我々が生きて行く上で大事な芯のような気がします。こういうことを小さい時から道徳で教えることが、将来の犯罪者を減らすだけでなく、世界に誇れる日本人を育てる原点のように思いますね。みなさん、これからも心に武士道を持って生きて行きましょう。
では次回は、20日ころに更新します。
