初めに(続きを読む)をクリックしてください。
新しく大河ドラマが始まりました。今年は、戦国末期の豊臣兄弟の話です。久しぶりに見ようかなと思い第二回目まで見ました。
と言うことで、今回の話は昔の武器、刀についてです。秀吉や秀長の豊臣兄弟が活躍したころの戦(いくさ)では、どのような武器が戦場の主力だったか、ご存じですか? 大まかな数字で言うと、まずは鉄砲や弓矢で遠くから攻撃する。これで相手を約60~70%殺傷します。そののちに接近戦になると槍の出番です。槍の攻撃で20~30%、次に殺傷力が高いのが、なんと石、石を投げたり、城を守る際には石垣を登ろうとする敵兵の上から石を落とすことで10~15%ほどの相手を殺傷したと言われています。そして、最後が刀です。ただ、刀は実戦ではほとんど使われず、最後に敵の首を取るときに使ったり、接近戦で組みあいになった時に使うくらいで、その殺傷力の実績は全体の5%以下と言われています。ちょっと意外ですね。ただ、テレビや映画では、戦国時代の戦いで、しばしば、刀を振り回して戦う姿を見ますが、あれは間違いですね。
さて、その戦では、あまり役に立たない刀ですが、平和になった江戸時代には「武士の魂」として重要視されます。しかも大小二本差しです。現在、二刀流と言うと大谷翔平などの二つの能力を持った人を言いますが、実際に大小二刀流で活躍したのは宮本武蔵くらいで、ほとんど二本は必要なかったそうです。それがなぜ二本差していたかと言うと、一つは”目印”として、つまり、二本差しが許されたのは、武士だけでしたので「俺は武士だ、強いんだ。」と言う目印として。それから、外では大刀を振るうことができますが、家の中では柱に当たったりして、ほとんど使えないので小刀を使うそうです。テレビの時代劇では、家の中でも大刀を使い、切りまくっていますが、実際にはできなかったようです。そして、もう一つ大小の理由があります。それは、「大刀は相手を切るが小刀は自分を切るため。」何かと言いますと、江戸時代でも武士が勝手に刀で人を切ると罪になります。時代劇で勝手に町民を切ったりするのは、誇張されたもので実際はそんなことはできません。それでも武器(大刀など)を使って相手を殺した場合、その責めを負って武士は切腹するわけですが、つまり、切腹で自分を殺めないといけない、そのために小刀が必要になるからです。だから、江戸時代のような平和な時代には、武士は刀と言う武器を持っていましたが使えなかったのです。使って相手を殺すと、自分も死なねばならない。だから江戸時代の殺人は、10万人当たり0.3から1.0人と現在(0.2~0.3人)とそう変わらない少なさです。それでも相手を威嚇したりするのには都合の良い武器で、町民はそれ(大小の刀)を見て怯え、武士同士でも「いざとなれば、抜くぞ。」とお互いがにらみ合いながら、結局は双方とも抜けない。そんな使えない武器でも、武士たちは、一生懸命に鍛錬して強くなろうと言う努力をし続けていたのですね。
さあ、武士にとっての刀、考えてみると何となく現代の核兵器に似てるなあと思います。核を持っているだけで、まずは「怖い国」と言う目印になっています。そして、持っているだけで威嚇になる。だけど、核保有国同士が使った瞬間、敵に被害を与える前に反撃されるので、敵を壊滅的に損害を与えることが可能だが、同時に自分たちも確実にやられる。だから、実際には「いざとなれば、核を使うぞ。」とにらみ合っても結局は使えない。そんな使えない武器ではあるが、核兵器の数を増やしたり、性能を高めたりと言った努力はし続ける。江戸時代の刀と同じです。そんな微妙なバランスがあるなら、世界の国々全てが核兵器を持てば、大国と言えども容易に手出しはできなくなるはずです。例えば、ウクライナやベネズエラに核兵器があったら、プーチンやトランプもそうは簡単に手を出さなかったかもしれません。台湾も然り。極論ではありますが、核と言う世界を終わらせる兵器が平和の浸透に役立つ可能性も理論上はあるように思います。ただ、それは普通の良識を持った人たちばかりだから成り立つ話で、刀の場合も実際には、抜かずに状況を打開するのが武士道の本質で、それを理解している武士階級のみが二本差しを許されていました。武士道なんて関係のない今の世界で「何をするか分からない。」指導者たちが、数多く核の発射権限を持つ世界になれば、いつどこで狂人がその権限を握るか分かりません。たった一人の狂人が出てきた瞬間に世界は終わりに近づくことになる訳で、考えるとやっぱり、世界中の国が核兵器を持つのは、怖いですねえ。
刀は実際の戦いでは使えない、平和な時代に広まったが、やはり、そこでも使えなかった。そんな話から、核兵器までちょっと飛躍し過ぎましたが、元々、武器の「武」と言う字は、戈(ほこ)を止めると書きます。つまり、「争いを止めるためにあるのが、武器である。」と言う意味です。世界のあらゆる武器が、争いを鎮めて、止める方向に働くといいですね。
2026年も世界中で「きな臭い」動きがあるようですが、何とか平和裏に過ぎて行って欲しいものです。
では、次回は1月末に更新します。
