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今日と同じあした? No,298

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ここ最近、4月のこの時期、桜も散り始めて暖かさも春本番と感じるようになると、4年前に亡くなった母のことを思いだします。今でも思い出の中の母は優しくて、いつも微笑んでいます。亡くなった時は、もっと親孝行しとけばよかったと後悔もし、思いだすと悲しい出来事ではありましたが、享年91歳です。しっかり天寿を全うしたと思うと何となく良かったな、とも感じます。しかし、世の中には天寿を全うできずに突然の事故や予期せぬ病いなどで人生の幕をおろさねばならない人がたくさんいます。私の周りにも、昨年末から立て続けに3人の元部下たちが亡くなりました。みんな私より若い60代です。それぞれガンなどの病気で、まだまだ人生これから、と言うときに今日までと同じ明日を迎えることができませんでした。また、本人たちと同様に残されたご遺族の皆さんも「今日までと同じ明日」が迎えれなかったわけです。本人もご遺族たちも、まだまだ、いろんなことを話したかったでしょう。一緒にご飯も食べたかったでしょう。旅行にも行きたかったと思います。そんな、普通のことが、ある日突然できなくなるわけです。普段、私たちは「今日と同じ明日」は来て当然、何も疑いません。でも、もし今日と同じ明日が来ないと思えば、茶道の一期一会ではないですが、ささいな出会いにも意味が出てきますし、もう会えないと思えば、相手が誰であっても誠意を尽くした応対をせねばなりません。

私も70を過ぎてだんだん年を取って行くと、昔知り合いだった人でも、会う機会が無くなり、だんだん疎遠になってきます。また、新たな人との出会いも少なくなるので、大体において友人や知り合いの数が減ってきます。そんな時にこちらからさらに友人を減らすことは避けなくてはなりません。何かと言うと、知り合いの、ちょっとした言い回しの中に気に入らない言葉があったりして人を遠ざけてしまうようなことや、そこまででなくても、せっかく会う機会、話す機会があるのにめんどくさがって、そのままにしてることなど、そんなことが続くと、どんどん知り合いは減って行きます。年を取って、いろんな知り合いや友人がたくさんいるのといないのとでは、ずいぶん人生の楽しさに差があるように思います。だから、些細なことで腹を立てないようにしましょう。また、何かに誘われたら、できるだけ参加しましょう。同窓会にも行きましょうる。飲み会やゴルフに誘われたら、断らずに行きましょう。年賀状も毎年何人かから「来年から年賀状は失礼します。」と年賀状終いの連絡をもらいますが、何となく自ら人との関係を断ち切るようで、出す人は減ってきましたが、私はまだ続けています。また、人に会うときは、さきほどの「今日と同じ明日」が来ないかもしれないと思って、一生懸命に人と付き合うようにしましょう。「ご苦労さん」「ありがとう」「良かったよ」などなど肯定的な言葉もかけるようにしましょう。フランスの詩人で「美女と野獣」などの映画監督でもあるジャン・コクトーが「愛してると言えるのは、生きている間だけだ。」と言ってますが、「ありがとう」も「うれしい」も全ては、生きてる間だけしか言えません。言葉も行動も「やったことへの後悔」より「やらなかったことへの後悔」の方がはるかに大きいと聞きます。「あの時、あんな恥ずかしいことを言った。」と言う後悔は笑い話になりますが、「あの時、ありがとうと言っておけば良かった。」と言う後悔が残ると、それは一生消えないトゲになって心に刺さります。

そう言えば、母が亡くなる前日に手書きで「お母さん、あなたは今まで本当に優しくしてくれました。~~~、心から感謝します。信哉」と感謝状を書き、読み上げて枕元に置くと目に涙を浮かべて分かってくれたようでした。ありがとうと何回言っても足りませんが、言えたことで少し気持ちがやわらぎました。もし言えてなかったら、今でも後悔していることと思います。これからも、一日一回は誰かに「ありがとう」と言うようにしたいですね。

まずは、みなさん、今日もブログを読んでくれて、ありがとう!

 

次回は4月20日ころに更新予定です。