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国をも動かす義の心。 No,301

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まずは、本日5月9日、無事に71歳の誕生日を迎えることができました。今までご縁をいただいた全ての皆さんに感謝です。

私は終戦後10年が経った1955年に生まれました。日本では、その後戦争に巻き込まれることもなく平和な時代を過ごせていますが、今も尚、ウクライナやイランなどでは紛争の真っただ中、当事国の国民はさぞかし不安なことでしょう。今日は、そのイランと日本の古くて新しい話です。

さて、私が生まれるちょうど二年前の1953年5月9日、川崎港に一隻のタンカーがイランから到着しました。名前は「日章丸」出光興産の船です。(写真は日章丸と新田船長)日章丸のことは百田尚樹氏の「海賊と呼ばれた男」でご存じの方も多いと思いますが、簡単に説明すると、それまでイギリスに石油の管理を牛耳られていたイランが、自分たちの権益を守るため石油の国有化を宣言しました。それに対してイギリスは、力づくでそれを阻止するために中東に軍艦を派遣し、「イランと取引する船は撃沈する。」と国際社会に宣言しました。困ったのはイランです。石油を国有化しても世界中の国がイギリスに遠慮して買い手がいない。国民は次第に貧窮を極め、猶予はない状態です。

その時日本は、戦後、石油大手メジャーの傘の中で高い石油を買わされており、直接の原油買い付けができないことが経済復興の足かせになっていました。イランの困窮を見た出光興産の創業者、出光佐三氏は、日本もイランも今のままでは大きな問題に押しつぶされてしまう、両国の問題を解消するには、自分が直接イランから石油を買うしかない。しかも海上封鎖しているイギリスに国際法上の正当性はない。「このままでは、イラン国民の貧窮はますますひどくなる。これを黙って見てるわけには行かない。」佐三は、世界中の誰もがためらっていたイランからの石油の直接買い付けを実行しようと決心しました。その後、周到な準備と船長新田辰夫以下乗組員の決死の覚悟が実り、いつ撃沈されるか分からない危険な航海を乗り越え、何とかイランに到着することができました。日章丸がイランのアーバーダーン港に到着した時、イラン国民は「世界中が見捨てる中で日本だけは、自分たちを見捨てることなく勇気ある行動をしてくれた。」と日の丸を振りながら熱狂的な歓迎をしました。このことは70年以上たった今でもイランでは語り草になっており、教科書にも載っているそうです。逆に、イギリスは怒り狂い、何としても日章丸がイランの原油を日本に持ち帰るのを阻止しようと動きますが、見つかれば撃沈される緊張の中、新田船長以下乗組員たちは、イギリス軍の裏をかき、遠回りをしながら浅瀬や機雷を抜けて、何とか無事日本に到着します。戦争に負けた日本の小さな民間企業が、大英帝国に喧嘩を売り、しかも勝ってしまった訳ですから、このことは世界中で称賛されました。その後、70年余り、時代が変わっても政権が変わってもイランと日本は、比較的良好な関係が長く続いています。

今年2026年4月末に出光興産の出光丸が、封鎖されていたホルムズ海峡を唯一無事抜けられたのは、この日章丸のことが一つの要因であったことは駐日イラン大使館のコメントを見ても間違いないようです。(イラン大使館は、最近のコメントで「イラン国民は、日章丸の事と日本人の行動は今でも忘れていません。・・・このことは両国の友好と深い絆の象徴です。」と言ってます。)

さて、この日章丸のイラン行きを決めたときの出光佐三の心中は、もちろん日本の国益、会社の利益もあるでしょうが、大国のエゴに苦しめられているイラン国民の姿を見て「義を見てせざるは勇なきなり。」「大義を全うすべし」と言う義侠心の方が大きかったのではないかと思います。なぜならば、出光佐三が生涯にわたって貫いた信念が「士魂商才」(しこんしょうさい)」つまり、武士の心を持って商いをすること。そして自分の行動は、「俯仰天地に愧じない。」(ふぎょうてんちにはじない)神に対しても人に対しても何事に対しても恥じることのない正しいことをする、それが自分の生きる道である。と語っているからです。

このように、出光佐三と言う一人の男の義の心が、70年以上も経つのにイランの人々の心を、そして国を動かすと言うのは、考えたらすごいことですね。時代が変わっても国が変わっても宗教が違っても「正しい事」(仁・義・礼・智・信)と言うのは変わらない、そして、その重みは人々の心の中に長く生きているし、これからも生きて行くこでしょう。大国の「力による秩序」や大きな「お金によって買われた友好」よりも、こういう、人としての”義”の積み重ねが、国同士の絆、世界平和にとっては、重要なことなんだろうと思いますね。

戦争に負けて、国土が灰になり、誰もが希望を失いかけた時、出光佐三はこう言いました。「日本の三千年の歴史を思いだし崇高な理念のものと、愚痴など言わず、これからまた再建しよう。物や金に縛られた黄金の奴隷になるな。世の中に合わせるのではなく正しいことをせよ、自分たちの利益ではなく世のため人のために生きよ。つまり、『日本人に帰れ』」・・・・・我々も少しでもいいので、そんな日本人に近づきたいものですね。

 

(あとがき)

出光佐三氏は、福岡県の出身で、昔から宗像大社(宗像三女神:海上安全の神様)を信仰しており、1969年、私財を投げ打って、それまで荒廃していた社殿などの大造営にとりかかりました。相当の私財を使うために側近の人たちが、「神社よりご自宅を先に改修されてはどうですか?」と進言した際に「自分の雨漏りは何とでもなるが、神様の雨漏りを見過ごすわけには行かん。」と、平然として雨漏りがするあばら家に住み続け、また、日章丸のことも特別なこととは感じていないようで、晩年、日章丸の事を聞かれても「何も特別なことではなく、正しいことをやっただけ。」と語っていたそうです。まさに士魂商才、俯仰天地に愧じない生き方ですね。

 

では、次回は5月20日くらいに更新します。