大逆転 No42

平成もあと10日あまり。

テレビでも平成の出来事を特集していますが、平成元年と言うのはいろんな出来事が起こった年でした。

世界では、ベルリンの壁崩壊、天安門広場事件等々、激動の年でした。

日本でも、リクルート事件などで内閣が次々変わったり、

また美空ひばり、松下幸之助、手塚治虫さんなどが亡くなって、

一つの時代が終わり新しい時代が来ることを予感させる年でした。

その中で、私が印象深いのは日本シリーズで巨人が3連敗した後4連勝で日本一になったことでした。

普通の大逆転でも確かに面白いのですが、この時は写真の加藤哲郎投手が大いに盛り上げてくれました。

近鉄の3連勝のあとの勝利インタビューで「全然打たれそうな気がしなかった。」とか、

その後のスポーツ紙等のインタビューでは、当時パリーグの最下位だったロッテと比べて、

巨人は「ロッテより弱い。」と言ったことがスポーツ紙の一面を大々的に飾り、

日本中の巨人ファンが ”加藤の野郎今に見とれ!” と感じていたのですが、

それをもっと感じてたのが巨人の選手で、4戦目に初勝利をした時の投手(確か香田)は勝利インタビューで

「あんなこと(ロッテより弱い)言われて、絶対に負けられなかった。」と声を大にして言っていました。

その他の巨人選手も加藤はじめ近鉄選手の「シーズン中の方が緊張感がある。」と言った巨人を”なめた”発言には、

みんなの気持ちが一つになって ”打倒近鉄!” に燃えていたそうです。

その後の第5戦では、1点差の7回2アウト1,3塁でクロマティ敬遠、バッターは18打席無安打の原、

その時、巨人の藤田監督は代打を送らず、それに見事にこたえて原は劇的な満塁ホームラン、

第5戦は巨人の勝ち、3勝3敗で迎えた最終戦、近鉄ピッチャーは、「巨人はロッテより弱い。」と言った加藤。

その加藤から駒田がホームランを打つと、3塁を回ったところで加藤に向かって「バ~カ!」と言いながら、

ホームに戻ってきました。

そして、結果は巨人の3連敗4連勝と言う劇的な大逆転で終わったのですが、

勝負の綾というか分かれ目、加藤投手がもう少し謙虚に「やはり巨人は怖い。」くらいのことを言っておれば、

たぶん近鉄の4連勝で初の日本一になっていただろうと思います。

(実際の加藤は、ロッテより弱いとは言っておらず、記者からの、「巨人はロッテより弱いんじゃないか?」

 と言う質問にピッチャーはすごいけど打線はあかんなあ、と言ったことをロッテより弱い、と報じられた。)

ちなみにプロ野球で日本一になっていないのは近鉄だけです。

しかしながら、すごい試合でしたが、このことは、何事も最後まであきらめない、

と言うことを教えてくれたシリーズでした。

そして、平成の最後のマスターズ、10年以上優勝から遠ざかっていた男が優勝しました。

そうです、タイガーウッズです。

これもまた ”あきらめてはいけない” ことを教えてくれた素晴らしい優勝です。

平成から令和へ時代は変わりますが、何事もあきらめてはいけない、”ネバーギブアップ”の精神は、

これからどんな時代になっても私たちが生きてる限り、ずっと持ち続けていたいものですね。

 

あとがき

 たまたま当時、私の部下で小さいころから「近鉄子供の会」みたいなファンクラブに

 入っていたガチガチの近鉄ファンがいました。

 近鉄が3連勝したときに「おい、巨人と近鉄どっちが日本一になるか賭けようか?」

 と言うと、「えっ、そんな今からでもいいんですか?」と言いながら、

 にやっと笑って、「ありがとうございます。もちろん、やります。」

 普段は、いつも笑顔で、優しい感じの人でしたが、

 結果は前述のとおり、

 むっとした様子で賭けの負けを持ってきて、

 鬼のような顔で一言、「加藤のアホが・・・・・・」

 あきらめてはいけません、が ”安心してしまってもいけない” ですね。

 

次回は、20日ころに更新します。

 

 

 

 

 

 

 

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