変わったことないか? No.83

このブログにもたびたび出てくる、ニッセンの川島元社長がお亡くなりになって、19年になります。

毎年、お墓参りに行ってるのですが、今年は本日6月10日に行ってきました。

と言うことで、今日は川島社長の事を少し書きたいと思います。

写真は、40年近く前に川島社長とヨーロッパ諸国の通販会社を訪問した時の写真です。(ヒゲの若造が26~27歳の私)

ニッセンも200億円を越え、1000億を突き抜ける成長を前にした時期で、ヨーロッパの先輩企業のノウハウを

学んで来ようと言う趣旨でした。

ところが、20社くらいの企業が2週間ほどかけて、ドイツ・フランス・ベルギーなどの会社を回るのですが、

川島社長と私は、いつも別行動。

興味のない会社に行く予定がある前の日には、「佐村君、明日はゴルフ行くから予約してくれ。」

突然言われて、とりあえずへたくそな英語を並べて、「Where can we play golf?」みたいなことを

電話でフロントに言っても、なかなか通じません。

それを聞いてた川島社長が、「お前、英語下手やなあ。貸してみ。」と言って、受話器を取ると、大声で

「アイ、ウォンツー、プレイ、ゴルフ、プリーズ、ヘルプ、ミー!」相手が何を言っても

「アイ、ウオンツ―・・・・・」と同じセリフ。

そんなんで通じんやろ、と思っていると、何の何の、しっかり次の日、ゴルフ場の予約をしてくれていました。

反対に興味のある会社に行くと、なかなか帰ろうとしません。

挙句に他の参加者たちに「君ら先に帰っといてくれるか、我々は後で帰るから。」と

居残って、熱心に通販における先輩企業のノウハウを吸収しようとします。

ずいぶん時間が経って、先方の担当者も「そろそろ帰っていいか?」と聞くと、

「明日また来るので話を聞かせてくれ。」と頼み込む始末。

当時50歳を超えたくらいの年齢ですが、ここぞという時の集中力は凄かったですねえ。

結局、その時に教えてもらったノウハウは、のちにニッセンが成長する際に大いに役立ちました。

 

その後も20代で役員に抜擢してもらい、いろんなことも学ばせてもらって、川島社長には本当に感謝しています。

ある時、仕事で失敗し、会社も大きな損を出すこととなり、降格くらいは仕方ないな、と落ちこんだ時がありました。

覚悟して、社長室に行き、経過の説明といかに大きなマイナスが出たか、説明をして、

「申し訳ございません。」と頭を下げると、たった一言、

「うん、わかった。次、頑張れ。」

もう涙が出そうでした。

逆に、これは褒めてもらえるかなと、上手く行った報告をし、「次も簡単に行きます。」

みたいなことを言ったとたん、褒められるどころか、

「馬鹿もん、ちょっとうまく行ったくらいで調子に乗るな!」

雷を食らいました。 確かにその通りで、ちょっとうまく行ったからと同じことを繰り返して次もうまく行くはずがない、

「一つの成功は、次なる挑戦の切符を手にしたに過ぎない。有頂天になるな。」

この時言われたことは、今でも使わせてもらっています。

 

今日のタイトルの「変わったことないか?」は、亡くなる10年くらい前からでしょうか、

私は大部屋に机があり、その前に簡単なテーブルと折り畳みのいすを置いて、

ちょっとしたミーティングができるようにしていたのですが、昼休みに食事をして席に帰ると、

川島社長が折り畳み椅子に座っています。何か用かなと思って、「お疲れ様です。」と言うと、

「変わったことないか?」

その時は、最近の出来事や会議の内容、テストの結果等、3~40分ほど聞いて帰られました。

ところが、それから、週に2~3回くらい来るようになり、そのうち、ほぼ毎日のように食事から帰ると、

椅子に座っています。そして、必ず「変わったことないか?」

毎日変わったことなど、そんなに起こるはずもないのですが、「何も変わったことありません。」とは言えず、

新聞の記事やこれからの事業の可能性、やりたいと思っていること、などなど、話す内容を用意するのは、

それは、結構大変でしたが、仕事をするうえで、鍛えられたなあと思います。

こちらがしゃべっている時の川島社長は、ほとんど「はい、はい。」「は~い、は~い。」「うん、そうか。」

と頷いてます。ある時、さすがに言う内容が尽きて、1か月くらい前に話したことを言っても、

分からないだろうと思って、話をしだすと。ボソッと「うん、それ聞いた。」

(まずい、ちゃんと聞いていた。)と、それからは同じことは言わないように気を付けました。

それにしても、「ああせい、こうせい。」とは一言も言わず、

「変わったことないか?」のワンフレーズのみで人を必死にさせるとは、すごい人だなあと思います。

 

私は、今までの人との出会いで一番感謝する人をあげるとすれば、川島社長をあげます。

今の自分があるのは、川島社長のおかげですし、本当に魅力のあるかたでした。

19年前、69歳でお亡くなりになりましたが、今思えば早すぎますね。

私は、亡くなった方への一番の供養は、その人を思い出して話題にすることだと思っています。

生前には、なかなか感謝の気持ちを伝える機会もありませんでしたので、今こうやって、

川島社長の事を口にしたり、文章にしているのですが、

本日、6月10日”時の記念日”に、

私の心には、19年の年月を超えて、鮮やかに川島社長がよみがえってきました。

これからも、たまに書かせてもらいたいと思っています。

 

さて、みなさんにとって、一番感謝する出会いは、誰ですか?

もし、その人が生きていれば、すぐに感謝を伝えましょう。

もし、お亡くなりになっていれば、思い出してあげましょう。

それだけで、感謝は伝わると思います。

 

次は、20日ころです。

 

追記

 実は昨日、文章を書いていたのですが、飛んでいたようで、本日6月11日に

 再度、あげました。

 文中で、今日=6月10日となっているのは、そのためです。

 

 

 

 

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