56年前の東京オリンピック No.95

今日は10月10日、56年前の今日、アジアで初めての東京オリンピックが開催されました。東京オリンピックの思い出については、昨年も君原選手のことをブログに書きながら振り返ったので、これで2回目になります。写真の開会式で最後に登場した日本選手団の入場行進を見たとき、子供心にも過去に経験をしたことのない感動を覚えました。そのころの日本は、高度経済成長の真っただ中で、当時首相であった池田首相の「所得倍増計画」により、国民所得もぐんぐん上がって行きました。

おかげで各家庭では、テレビ、冷蔵庫、洗濯機などがも買えるようになり、国を挙げて成長している実感がありました。そんな中の大きな国際大会ですから、小さなアジアの二流国にとっては、それはもう晴れやかな、これからやってくるであろう明るい未来を象徴するような大会でした。大会が始まると日本選手は大活躍、体操で5つ、レスリングで5つ、柔道で4つの金、さらに女子バレーボールのニチボー貝塚、重量挙げの三宅選手、ボクシングの桜井と合計16個でアメリカ、ソ連に次いで3位、世界で3位なんだと、誇らしい気分になりました。そのころは、とにかく日本が元気でした。オリンピックと時を同じくして、新幹線開業、名神高速度道路開通、1970年には大阪で万博開催、そして、GNP(今はGDP)で世界第二位の経済大国へとどんどん坂を登り、国民の夢は「テレビ、冷蔵庫、洗濯機」から新たな”三種の神器3C”(カー、クーラー、カラーテレビ)へと移り、オリンピックを境にした10年くらいで、生活は大きく変わりました。 その様子は、あたかもスポーツ界でポンと出てきた若手が、先のことは考えず、怖いもの知らずでノビノビと大活躍しているような、無邪気に将来の繁栄のみを信じているようでした。ゴルフで言えば、昨年初出場で全英を優勝した渋野選手などの若手や、相撲なら、先場所の翔猿(とびざる)のように新入幕で大活躍、単純に将来が楽しみだなあ、と期待してしまう感じと似ています。

さあ、綾小路きみまろの漫談ではないですが、「あれから50年」今の日本は、どうでしょうか? あのころの粗削りだけど若い情熱や未来に対する期待や夢、それを信じて一生懸命にがんばった人たちはどこに行ったのでしょうか? 

しかし、よくよく考えてみれば、昭和の前半、戦争で負けるまでの責任は昭和生まれの人ではなく、年齢や当時の意思決定者を見れば、もっぱら明治生まれの人たちでした。そして、終戦後からの高度経済成長を成し遂げたのは、大正生まれと昭和初期の人たちの力です。その後バブルが崩壊した1990年代以降の日本経済の凋落(例えば、平成元年時点の世界時価総額上位企業はトップ20のうち14社が日本企業でしたが、令和元年は上位20社に日本企業は1社もなく、トヨタが46位)は、私たちも属する昭和20年代以降の戦後生まれの人たちのせいじゃないかと思います。我々の上の世代が戦後の最悪期を乗り切り、世界に通用する日本を作り上げて行くレールに乗っかって、その延長線上を走っただけでした。つまり、自分たちで新たなレールを作らなかったのではないか、その結果GAFAに代表される新しい秩序を外国に持っていかれたのではないかと考えています。まあ、65歳になって、今更そんなことを言っても何の役にも立ちませんが、これからの令和以降の日本を作る昭和50年代以降の昭和生まれと平成生まれの人たちは、自分たちで新しいレールを作ってほしいと切に願っています。

そして、来年開催される東京オリンピックを見る小学生が、50年経ってこの大会を思い出す時にどんな日本になっているのか、またどんな気持ちで思い出すのか? できれば、「あの頃(令和のはじめ)の日本はもう一つパッとしなかったが、今は明るい幸せな未来が見える。」と自信をもって言える世界になってるといいですね。

 

今回は思い出話に終始しました。

ひょっとして、100歳くらいまで生きたら、もう一回くらい日本でオリンピックが見れるかもしれません。

その時こそ、「昔も良かったが、いい時代になったねえ。」という感想を言いたいですね。

 

では、次回は20日ころに更新します。

 

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