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アメリカの実業家、サミュエル・ウルマンと言う人が、「青春」と言う詩を作りました。「青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ。」と言う内容です。若いころ、ずいぶん年配の人がこの詩を教えてくれて、「年寄りが無駄な抵抗して、何言うてるんや。」と思ったものです。ところが、最近自分がその年齢になってくると、ついつい、その言葉を言いたくなってきます。先日も、今年は早めにインフルエンザのワクチン打っとこうと病院で予約すると、事前の問診票に”高齢者インフルエンザ予防接種”と書いてるのです。確かに65歳をとうに過ぎて、老齢年金ももらってるし、行きつけの散髪屋では”シルバーカード”で割安になって、NETで株を売買するときも手数料は”シルバー割引”。見渡せば、周りから「お前は老人!」「年寄り」「おじいちゃん」といろんなところで言われると、まだ若いと思っていても、ついつい「俺も年取ったんやなあ。」と納得してしまいそうになります。しかし、そんなこと「勝手に決めるな!」 冒頭の詩で言うと”心の様相”で青春かどうかが決まる訳ですから、年齢だけで人から年寄り扱いされるのは、まっぴらごめん、です。お酒を飲んでても「もう年なんやから、このくらいにしといたら。」とか、ちょっと無理したら「年齢も年齢だから無理できないよね。」とか、寝ずに遊んでたら、「年の割には元気やねえ。」などと、体を心配してのことでしょうが、大きなお世話です。私の心の在り方、つまり本当の老人かどうかの境界は、「好きなことをしようと思わなくなった時」が老人で、まだまだ好きなこと、楽しいことを夢中になって求めている間は、”青春”真っただ中ではないかと思っています。と言うか、人生とは?と聞かれると一言でいうなら、「楽しいことを追い求め続けること。」ではないかとさえ思います。子供のころ私は、学校から帰るとカバンを放り投げて遊びに行ったまま、暗くなるまで帰らなかったそうです。今でも同じで、楽しい事は時間を忘れてずっとやってますし、それが終わると次の楽しみを探して次から次へ予定を作り、今度はいつ旅行に行く、いつ飲みに行く、いつゴルフに行く、いつ誰々に会う等々。もういくつ寝るとお正月、の延長でこれから先の楽しみをいっぱい作りたいと願っています。今でこそ、仕事は少ないですが、昔は仕事の中でも、どうやって成功させよう、こうしたら良くなる、と考えながら結果を待つ、それは立派な楽しみの一つでした。仕事だろうが遊びだろうが人との交流だろうが、山ほどの楽しみをこれからも味わいたい、そう思っている間は、やはり”青春”だと思います。「もう何も楽しみはない。」「やりたいことなんかないねえ。」などと言う人は年が若くても老人です。人生死ぬまで”楽しいことを探す旅”ではないでしょうか。まだまだ、楽しいことは山ほどありますし、これからの方が今までの人生より楽しいことが多いかもしれないと思うほどです。私は「人生でいつが一番良かったですか?」と聞かれたら、「今が一番」と答えています。みなさんはどうですか?
(あとがき)
こんなことを若い人に言ったら、「あの年寄りのじいさん、何寝言言ってるんだろう。」と呆れられるかもしれませんね。
「バカもん、年寄り扱いするな!」
という事で次回は30日前後に更新します。
書いた後に、何かこんなこと書いたよなあ、と改めて読み返すと2018年10月10日No.23で「今年60のおじいさん」と言うタイトルで、同じようなことを語っていました。今から書き直すのも面倒なので、今回はこのまま行きます。「面倒だから書き直さない」などと言うのは、やっぱり年寄りなのかな?すみません。