痩せ我慢のすすめ No.228

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昭和59年(1984年)から40年間、日本の最高紙幣の顔として馴染んできた福沢諭吉が、今年7月に渋沢栄一に交代します。その福沢諭吉が書いた本に「痩せ我慢の説」と言うものがあり、内容は明治の英雄と言われた勝海舟(無血開城した。注:1)と榎本武明(土方歳三と五稜郭にこもり新政府に抗戦したが、その後政府高官になる。)に対して、我慢が足らん、痩せ我慢でもいいから最後まで幕府のために生きるべし、と痛烈に批判しているものです。(詳細は、2020年12月20日付けブログ「やせ我慢」を参照)そんな、痩せ我慢と言う言葉を思い出すことがあったので紹介したいと思います。それは、「最近、人の名前がすぐに出ない。」とか「小さい文字が見えない、テレビの音を大きくしないと聞こえにくい、髪の毛も減ってきたなあ。」と思っていると、ちょっとした記事が目に留まりました。「人間は、生まれてからしばらくは、神様から能力をプレゼントされたり、自分で人生の豊かさにつながるものを獲得して行くが、ある時を境にそれを一つずつ、神様に返して、最後には無になって元に戻る。」と言う話でした。確かに人間が生を受けると、だんだん目が見え耳も聞こえ、髪の毛や歯も生えてきます。さらに大きくなるにつれ、筋肉がついて脳も発達してくれば、知識や経験を獲得して、だんだん多くのものが自分のものとして身に付きます。そうやって多くの神様からのプレゼント(身体的能力)や自分で獲得した知識経験等もある年齢を過ぎると頂いた物の返却期限が近づき、ちょっとずつ返さないといけなくなります。筋肉も20代後半から減ってきて、30代からは脂肪が増え、内臓も弱くなってきます。40~50代になると目や耳も徐々に衰えていき、さらに年を取ると歯や髪が抜けて、60歳を超えると脳も萎縮し、せっかく覚えたこともどんどん忘れて行くようになる。そう考えると、「人生とは、いろんなものを獲得して自分のものにして行く前半と、それを少しずつ返していく後半に分かれる。」のか、となれば、まさに私などは昨日69歳の誕生日で、これからさらに、いろんなものの返却期限を迎える時期なれば、人生の後半真っただ中になったということになります。・・・・・そう考えて、ついつい納得してしまいそうになったのですが、冒頭の福沢諭吉の「痩せ我慢の説」が頭をよぎりました。このまま、今まで獲得したものを返却だけして最後に自分の人生が無になるのを黙って見ていていいのか?・・・・・筋肉が落ちようが目や耳が悪くなろうが、記憶力が薄れようが、その通りだと物分かりの良い年寄りにならず、痩せ我慢でもいいから人に弱みを見せないで、「まだまだ、これから!」と気合を入れないと行けないのではないか! 現に、先日、久しぶりに奈良に行ったのですが、初めて興福寺の国宝館にある千手観音や、阿修羅像などの八部衆を目のあたりにして、久しぶりに感動しました。思わず「すごい!」と息をのむ壮観な仏像群は京都にもなかなかありません。また飛鳥寺の大仏は日本最古の仏像で1400年余り前の物が今も原型を保って、できてから今まで全く同じところに鎮座しています。これもまた、見る者の気持ちが引き締まる新たな経験でした。そんな文化財だけでなく、昨年、青森に初めて行き、八甲田山や奥入瀬渓谷の自然美、五所川原や弘前、青森のねぶたもまた目の前で見ると感動するものでした。と考えると、確かに、いろんな頂き物(身体能力や知識)の返却期限は近づいてきたが、まだまだ新たな獲得物はあるわけで、もっともっと積極的に知識を得て、感動も経験することは可能なはずです。つまり、私はまだまだ人生の前半で、そんな新たな経験や感動をしたくなくなった時が人生の後半と言えるのではないでしょうか? 毎年、誕生日になると年齢のことを否が応でも意識してしまいますが、これから先もせいぜい抵抗しながら、楽しくやっていこうと思います。福沢諭吉は、「痩せ我慢の説」以外に有名な「学問のすすめ」も書いています。今こそ、その二つを合わせて「痩せ我慢のすすめ」を提唱したいと思います。これを見ている同年代の皆さんも”たかが年齢”です。それに勝つか負けるかは自分次第ですね。痩せ我慢で頑張りましょう!

 

(あとがき)

人生100年時代、100歳の現役代表として、まだまだかくしゃくとして頑張っておられる、裏千家前家元の”千の玄室”さんの言葉を紹介したいと思います。「枯れ木であっても内に秘めたる力があれば、花を咲かせることはできる。花を咲かせようとする精進努力を忘れないこと。これが人間の生き方というものです。」また、玄室さんは、「人間いくつになっても色気がなければいけない。」と目をギラリ眼光鋭く語ってました。100歳までまだ31年、まだまだ時間はありそうですね。では、次回は5月20日ころに更新予定です。

注:1,勝海舟が西郷隆盛と江戸無血開城をした。と言うのは事実ですが、その前に、一人西郷が陣取る官軍の中に乗り込んで、事前に無血開城などの条件交渉をした、山岡鉄舟こそが真の英雄だと思っているので、その栄誉を全部持って行った勝にはあまり良い感情は持てないというのが私の意見です。(いずれその内、山岡鉄舟について書こうと思います。)

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